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続・だるまセンセの喜怒哀楽

なんと-e.com公式ブログ「なんとコラム」


2008年02月28日
受験生もラストスパート!体調管理にはくれぐれも注意して、出来る限り足掻いて欲しいと思う。たとえそれが悪足掻きだと言われてもいいのだ。「努力」という、かけがえのない勝利を手にした事には変わりはないのだから・・・。


大学受験を経験した人達や、難しい国家試験や就職試験を潜り抜けた人々からすれば、高校入試なんぞ大した事じゃないと言われそうだが、そういう大人達だって思い出して欲しい、高校受験の時は・・・結構大変だったはずなのである。なぜなら15の春に人生を達観している人間など存在しないからだ。だからどうか温かい眼で15歳のチャレンジャーを応援していただきたい。

そこで今回の「生き甲斐」の話。中学生を軸にして英語を指導させて貰っているのだが、中学3年生の今の時期になってやっと、私の教えたい事の真意が100%伝わるようになったように思う。つまり、3年がかりでやっと「語学としての英語」をどうやって学んで行くかを会得して貰った訳だ。英語という学問の「扉」なり「門」を、ハッキリ言って軽く叩いても道は開けない。蹴破るか叩き割るパワーがなければ、そこをこじ開けて先へは進めない。そのパワーを溜め込む為の3年間だった。じゃあ今まで何を教えていたのか、まともな英語を指導しなかったのかと問われれば、ちゃんと教えましたと答えられる。中学校の定期テストや、あのつまらない教科書を教える事が「英語指導」とは思っていない。教えたいのは「言語」「言葉」としての英語なのだ。あのつまらない教科書ぐらいちょこっと勉強すれば、誰でも教えられるレベルだ。税金を無駄遣いして、ゲームや歌しか教えられない外国人講師を雇う必要など全くない。何故なら昔から日本人の英語でもチャンと外国で通用する事は実証済みである。


「ちなみに日本にいる外国人でメチャクチャ日本語がうまい外国人を何人知っていますか?せいぜいテレビに出ている人達とあと数人でしょう。つまり、外国語がペラペラな人なんて言うのは何処の国でもそんなに多くないのです。一部の知能が高い人間か帰国子女、もしくはその国で生まれ育った人間以外は、実はみんな片言、知恵と度胸で殆んどの人は外国生活を乗り切っているのです」

日本人は何故か英語を流暢に話さなければダメだと思い込んでいるのだ。だから方向性がズレてしまっている。だって顔もスタイルも、肌や眼の色も、文化も風習も全く違うのに、同じ様に喋れるなんて人は限りなくゼロに近いし、要は口角と鼻が違うので同じ発音は無理だ。真似る事は出来ても同じにはなれない。だったら最初から「日本人英語」でいける所まで行ってみる事だと思う。私はハッキリ言うが発音は大したことはない。ただゆっくりと大きな声で話す事にはしている。そして幸運なことに、未だ外国人に聞き返された事はない。つまり、うまく流暢に話す必要性はないと言っていいのだ。相手だって、こっちが日本人だと判れば、下手な英語でも理解しようとしてくれる。してくれないのはこっちの態度や熱意の問題のような気もする。英語圏に出掛ける日本人観光客の多くは英語が話せないか、照れて話さないか(こちらはかなり少数)だと思う。日本に来ている外国人観光客だって、日本語がペラペラの人は殆んどいない。ここは一番腹を決めて、ペラペラになる事よりも、どうやって用件や思いや意思を伝えるかが大切なので、言葉として通じさせる為に最低限の文法力と語彙力(そんなに要らない800〜1000語プラスアルファ)を身につければいいと考えればいいのだ。英語圏の人達のような発音じゃなくても大丈夫、何度も誠意を持って言い続ければ必ず気持ちは解ってくれると信じていい。私はこの方法でいろんな所でいろんな場面を切り抜けてきた。

私の「英語」の授業のベースは実はこんな所にある事を分かっていただけたと思う。私の持論は「日本人に英語を教えるなら日本人が教えるべきだ」である。百歩譲って「親日家で日本の歴史や文化に精通し、日本の青少年の育成を第一に考え、ユーモアとセンスに満ち溢れ、日本語に堪能な英語を母国語に持つ外国人」ならいいかな?なかなかそんな輩はいないとは思うし、南砺市に来てくれる事は先ずあり得ない。だから中学校の先生(小学校の先生)を含めて教える内容を検討しなければならないと思う。

自分の首を絞めそうだが、おためごかしの幼児英語教育やビデオDVDの教材、単語の紙を読ませるだけの英語教室、値段が高いだけの駅前留学など、語学習得に何にもならない同業者がまかり通っている現実はもういいだろうと言いたい。

あの面白くもない教科書をどう面白く教えるか?受験英語がある限りは永遠の命題なのかもしれないが、英語嫌いの子供を作りたくないので、脱線話も随所に盛り込みながら、25年が過ぎて行きました。これからも脱線と本線超特急を思いっきり繰り返して行こうと思います。これ生き甲斐!?



英語 |  コメント(0)|  


2008年01月03日
明けましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願いいたします

年頭に当たり、いままで言いたい放題、いーふくさんの時から書かせて貰って、ネタは尽きている感はいがめませんが、もう一度初心に還って(オッとこれは去年の年頭の言葉か)自分流の生き方なり生かされ方を中心に書いて行ってみようと思います。

自分の子育て(どこまでをさして言うのかは人によって違うが、私は子供が社会人になって仕送りと学費を工面しなくてもよくなったらと思っている)も最終段階を迎えようとしている今、第2の人生と言う訳ではないが、仕事についても、趣味についても、そして人間関係についても再考する必要性があると感じている。

珠算指導は誰にも負けない結果を残して来たつもりだ。もちろん私の力でどうこう出来る事の限界はあった。ただ生徒の能力を信じ、己を信じ、ある意味、生徒達との戦いの中で共に泣き笑い各々の限界に挑戦して来た。指導が上手く行き、最高の結果を残したことも多々あった。逆にどうこう悩んでも上手く行かない時も一度や二度ではなかった。いつも生徒達と一緒に乗り越えて来た自分が、指導に対して自信を持ち、高い次元に生徒達をいざなえる様になったと思う。絶対なる心の絆が、言い換えれば生徒達との信頼関係が構築出来れば、おのずと結果はついてくる。実際その通りになった。



しかし、世の中には珠算という技能は時代遅れだとか、必要ないとさえ言う人々が増えた。何かを習わせる事が親のステータスで、別にそんなに真剣じゃなくてもかまわないと言う親が増えた。しかし世の中がどんなに変わろうとも計算能力は社会生活の基礎となる事は周知の事実である。そして珠算学習(人によっては学習とは思っていない)はそれだけだと思われている。脳の活性化や集中力を高める事などは考えてはもらえないようだ。それを日本の誇るべき文化などと言っては誰にも理解を得られない時代になって来た。生徒達も第2世代(教え子の子供達)に入って来たが、私の教えた子達の子だから、私の指導方法に理解があるのであって、少子化が進む昨今、地域の全ての親御さんが私の教え子の訳はないので、おのずと絶対数も限られて来る。ましてや電卓やコンピュータが当たり前の時代に「ソロバン」の重要性をどこまで説けるかが今後の課題となってくるだろう。しかし、決して悲観的な話にはしたくない。何時の時代も心を込めた指導は必ずや実を結ぶ事を私は信じて疑わない。

ただ昨今の珠算界を眺めてみると、指導する技術は高くて当たり前だが、世の中にはいい加減に指導して、珠算と言う大切な文化を伝承する事さえ出来ていない珠算指導者が何と多い事か。主婦の片手間やアルバイトが指導出来るようなものはハッキリ言って偽者である。若い頃の私はそう言う輩に嫌悪を感じ、「あれじゃあ詐欺だ」とまで公言して憚らなかった。教育者としての自負など持ち合わせないニセプロに何故、親は大切な我が子を預けられるのか不思議でならなかった。この手の輩が珠算人口の減退に多少ならずとも係わっていると思っている。そんなに熱くならなくてもほどほどでいいと、どこかの親御さんが思っているとすればどうしようもないが、子供に熱くならない教師に高い技術は備わらないし、そんな指導者に子供達はついて行かないのはお分かりだろう。今は分別ある?年齢なので口にこそ出さないが若い頃も今も私の思いは変わらない。プロ意識のない人間に、熱くなれない人間に、将来の日本を背負う子供達は預けられない。



自分の持論を展開し過ぎかもしれないが、珠算の技術・技能を磨くためには、厳しい反復練習と、強い意志を持っての集中力が不可欠である。辛い事や苦しい事はたくさんある。だから一部の子供達は精一杯の要領と策略を巡らし、その場から逃げようとする。しかしそれを黙認し、うわべだけのその場限りの優しさや、思いやりを見せてしまうと時として手痛いしっぺ返しにあう。だったらストレートに「逃げずに踏ん張れ」と応援してやればいいのである。「俺がついてるぞ」と安心して頑張らせてやればいいのである。無意識ではないが、厳しい練習も当たり前にしてしまえば、素晴らしい事に子供達はこなしてしまう様になるのだ。そしてまた、次の段階に進み限界挑戦が可能になってくる。



甘やかしや子供独特の調子よさを認めてしまってはいけないが、適当なユーモアや適切な息抜きは大切だ。そこらへんは何年もかかって指導者として培えるものと、基から備わった才能があるというが、真剣に子供達と対峙していれば、タイミングも上手く行くようになるものだ。



検定に受かった!競技会で頑張った!時の子供達の顔も素晴らしいが、日頃の指導で難問を解決した時や、多くの問題を誤答する事無く解いた時のキラリと光る瞳と素敵な笑顔を見るたび、自分が指導者である事の喜びをいつも感じる。珠算指導者としてより一人の人間として「生きていること」「生かされていること」を実感出来る瞬間である。キリがないので次回は英語編かな?《つづく》

心の中 |  コメント(2)|  


2007年11月21日


第10回を迎えた北陸フルポイント空手道選手権大会が無事終了した。関係各位に深く感謝したいと思う。頑張った弟子達、指導者の面々、裏方に奔走していただいた父母会の皆様・・・本当にありがとうございました!


誠に勝手ながら長い間このコラムも休ませて貰った。すべては第10回北陸フルポイント空手道選手権記念大会を控え、自分自身に余裕が無かったからだった。本当に申し訳なく思っている。無事、大会も終了し、やっと思いを込めて書く事が出来るようになった次第である。


今回の大会は準備の段階からいろいろな思い入れもあって、ハッキリ言って大変だった。たかが10年続けたくらいと言うが、思い起こせば小さな町道場が単独で大会を開催するなど当時は考えられない事だった。開会式での挨拶でも申し上げたが第1回が46名、内輪を含めて4団体のこじんまりとした大会だった。それが第7回からは参加者100名を越え、今回は122名10団体の参加を得て盛大に行えた事は、ひとえに私の空手道を理解する、指導者達、弟子達、保護者の皆さん、参加して貰った他流会派の方々の協力によるものである。本当にありがたく思っている。「感謝」この言葉しか見つからない。


読者の皆さんはご存知だろうが、我等が空手道福光拳正館は何の後ろ盾も持たない。大きな空手団体の傘下に在れば楽だったのかもしれない。スポンサーや協賛を募れば大会運営にまつわる費用も簡単に捻出でき、もっと立派な大会になったかもしれない。世で言う「偉い人」に大会長になって貰えば、大会の記事や取材が大々的になり、はくが着いたのかもしれない。しかし、私を信ずる「小さな館」に集う弟子達には人や物に媚びる人間は一人としていない。心がこもっていれば、気持ちが暖かければ、思いが通じ、一つの事を成し遂げられる事を弟子達も私も信じているのだ。そんなの当たり前の事だと言われればそれまでだがあえて言わせて貰いたい。


組織が大きくなり過ぎると指導者から初心者の弟子達まで、思いを同じくして空手道に打ち込めないと思う。我がままかも知れないが、理解の度合いは別にして、伝えたい技や型に始まって武道に対する考え方なりまで、あるレベルまで達しない限り、キッチリと仕込まなければ、ひとりひとりの「からてみち」は先が無くなってしまうように思うのだ。世で言う格闘技とか、金儲けで空手道を考える輩の考え方は、私には全く理解できない。私が全員を把握できるのはせいぜい100人前後くらいが目一杯だと思う。私は弟子達を全員、ひとりひとり理解したいと考えている。当館(小さな館)はまとまりとチームワークは抜群だと確信しているし、失礼だが他の道場で私と弟子達の関係以上の「絆」を見た事が無い。長い付き合いだからと言ってお互いに変な甘えなど微塵も感じないし、素敵で素晴らしい人間関係を構築している事実は、特に高弟達(指導者達と黒帯の面々)との信頼関係で現れているように思う。私の誇れるもっとも大切な「財産」である。


大会の内容や試合については長くなるので、ほんの少しだけ触れておこう。(詳しく知りたい方々は福光拳正館公式ブログの方でお願いします)


10回記念として私を含め当館全員で型「三戦(サンチン)」を演じた。まだビデオを観ていないので何とも言えないが、牧野師範のナレーションといい、昔の弟子達10名以上も参加しての全体演武は壮観だったのではないだろうか。上手い下手はあっても「心は一つ」。当館の理念とこれからの決意は見て貰えたと思っている。入賞した弟子達も、惜しくも破れた弟子達も、今回はかなりレベルアップしたと断言出来る。打ち上げの席では指導者達に「もっと・・・」と欲張りな事を言ったが、またひとつステップアップが図れた事実は間違いの無いところだ。もうひとつ、9年越しの優勝を勝ち取った中学3年の村上竜成初段には心からおめでとうと言いたい。それこそ紆余曲折あっての優勝だけに私も思わずジーンと来た。(実は私が涙もろいのは周知されている)彼のうれし涙は今後の彼自身の「からてみち」に大いに役立つ事と信じている。

さぁ大会は終わった。また試合の反省を含めて冬場の稽古が始まる。何が足りないかを突き詰め、何を求めていくのか、指導者達とともに、また新たなる旅立ちだと思っている。今年の念頭は「初心」で始まった。初心に戻って何とか大会も乗り切れた。来年は私だけでなく、私にまつわる弟子達、すべての人々にとって「飛翔」「飛躍」の年になればと思う。

最後に私事で失礼する。久々にそしてきっと最後になるだろうが、私の家族4人(父母を含めると6人)がこの記念大会に顔を揃えた。やっぱり家族がいると心強いのは間違いない。来年からは次男が遠くで働き始めるし、長男もなかなか帰福出来ないので、今回は本当に心強く嬉しかった。家族の協力、理解あってこそ続けてこられた「からてみち」だと思っている。両親・妻・息子達に感謝!



空手 |  コメント(2)|  


2007年09月13日
最近、私は弟子達や生徒達によく「意欲を持て!」と言う。長い夏休みの影響か、暑い夏を乗り越えて疲れが出たか、特に子供達には通称「夏休みボケ」から脱却するための期間が必要だった。約2週間経ち、そろそろ全てが秋のシーズンに向かわなければいけない。戦う準備にはもう時間が無い。遅すぎるくらいである。一部の弟子達、生徒達はエンジンがかかって来た。最高の状態にはまだまだだが、何とか間に合わせられるだろう。大多数の弟子生徒達は、気はついているが、行動までが伴っていない状態だ。ふたつが合致すれば後はやる気あるのみ!追いつけ追い越せと頑張らせなければならない。


ここまでは問題は無い訳ではないが、何とかなる人達の話である。本当の問題は残りホンの一部の「意欲を持てない・持たない人達」をどう指導するかにあるのだ。プロを語るならそこを何とかしろと言われそうだが、なかなか思う通りには行かない。親に言われて嫌々来ているような子ではもともと意欲は持てない。そもそも親や家族が、私を始め指導陣に全幅なる信頼をおいて、完全に預けて貰わなければ、思いっきりの指導は出来ないし、恐る恐るでは意欲を持てない子供には何も響かないし通じない。

私の考え方だが指導者が指導を諦める事は絶対に無い。それこそ親と指導者とそして本人の我慢比べになる事があっても構わないと思っている。25年間、指導して来て、私は一度も指導を諦めた事は無い。父親よりも母親が折れるのが何割か、大体は本人が折れてしまうのを親以外の家族が認めてあげてしまって「辞める」と言う結論が先走り、本人の気持ちをあとから増幅する悪循環が起こる様である。

ただ珠算や英語はともかく、空手道は多少なかれ、痛い思いをするし、小さな怪我や体のあちこちが痛む事は当たり前だがあるのだ。辛く苦しい稽古の果てに、我慢と頑張りを繰り返した上に、豊かで心地よい世界がある事を教えたいのだ。身体を鍛える事(人によってレベルは違うが)を喜びとして、仲間と集い、成長する自分を発見出来る瞬間が誰にでも来るのだ。「武道」の世界が素晴らしいのは、嘘偽りなく「自分との真剣勝負」が可能なところである。この一番大切な部分に気付かず、辞めていく弟子や諦める親がいるのは寂しい限りである。

意欲、なかでも「元気・やる気・負けん気・勇気」は最も自分自身を突き動かす原動力になるだろう。日常的な挨拶が当たり前に大声で出来、かけ声や気合いが大声だと「元気」が誰の目にも見える。教えた技や技能・知識を何とか自分のものにしようと言うのが「やる気」。罵倒されても叱責されても、叩きのめされても蹴られても、もう一度コノヤロウ!と立ち上がり、立ち向かう姿勢が「負けん気」。たとえ相手が強くても、恐怖が全身を包んでも、自分がおかれたそれぞれの現場から逃げないのが「勇気」。この4つの言葉は何事にも通用するのではないだろうか。

意欲を持てないのなら持てる努力を、持たないのなら持つ事の意味・意義を考える事。本人も指導者もそして保護者も本気になって考えなければならないのはこの一点である。この「意欲」のうえに立って、「向上心」が芽生えない限り、何事も成就出来ない。もしも何かにおいて「達成感」をひとつでも持つ事が出来たなら、その後の人生は必ず変わる。胸を張って人生を歩める。

意欲を持って事に当たる、これが全てのスタートなのである。自分を変えられる原点になるのである。

さぁ、(練習・稽古を)始めよう!


心の中 |  コメント(0)|  


2007年08月29日
年明けからの肉体改造(それほど大した事じゃないが)が功を奏してか、お盆の前後に嬉しい出来事がいくつかあった。長い自慢話になるかもしれないが最後までお付き合いの程を。

人体の全細胞は約3ヵ月かけて全部が新しく作り変えられると聞いたか読んだ事がある。今年の最初から一念発起、もう一度真剣に自分自身の身体を年齢も考慮しつつ鍛えてきたつもりはあった。何より自分自身の空手道を見つめ直したかったし、変に年寄り臭くなるのが嫌だったからだ。それにこの歳までそれなりに一つの武道を練り続けてくれば、それなりの考え方も方法も判っているし持っている。もちろんこの世の中には、年齢や身体的ハンディを克服し、立派に自分を一流のアスリートとしている年配者は沢山いる。生まれ持った天稟で年齢を超越して活動している人も一人や二人ではない事も知っている。そういう人達と勝負したい訳ではないし、する気もない事を判っていただきたい。なんせ自分流が何処まで出来るか勝負してみたいのである。

3ヶ月を長い1クール(細胞入れ替え期)として考えると、細胞は計2回完全に入れ替わって、今は3回目の入れ替わりの中間期になる。体重も理想的な減量曲線(私の計算では1日30g平均が最も良いと思われる)を描いているし、何よりもウエストが引き締まり(10cm以上は縮んだ)、腿周りが増え、形も理想的になって来た。先日もジーンズを買いに行ったが、ウエストよりも腿が異常に太いので1サイズ大きいのを購入したくらいだ。実は高校生の時以来の出来事だったのだ。久しぶりに会った知人には「痩せたね」「締まったね」と言われ、悦に入る事暫し。とにかく身体は動くし、何より足腰が粘るようになった。かなりの距離を歩いても疲れないし、持病の腰も強くなった気がする。体の柔軟性(前から柔らかい方だった)も数段アップし、腕周り、胸周りも脂肪が落ちて、筋肉が戻った感じだ。

週2回の空手の稽古(とは言っても指導が中心なので思いのほか動いてはいない)だけでは全く足りないので、前にも書いたビリーズ・ブートキャンプを週3〜6回、多い時は1日連続2ミッション(約90分〜100分)こなしている。ヘロヘロのクタクタにはなるが、良く眠れるし、飯も美味い。動き自身が空手に近いので私的には無理が無いのだ。(柔軟性が無い人なら筋肉痛が酷くて継続出来ないと思う)逆にこれまた空手流(私流)にアレンジして動いている。辛楽しいのとVTRからビリーが元気付けてくれる?ので一人稽古の孤独感も和らいでいるみたいだ。最近はウエイトトレーニングも少しずつ取り入れて、筋力アップに励んでいる。


そしていよいよここからはチョット自慢小噺。
お盆の週前後は野球だった。先ずは11日の早朝、チーフアンパイヤを務めた。去年までだったら、腰が痛いの、やれ疲れたのとクダを巻いていたところだが、今年はまったく逆で次の日の試合が待ち遠しく血が騒いで仕方が無いのだ。それでもってどうしてもボールを打ちたくてたまらないので、暑い最中お昼めがけてバッティングセンターへ。これまた昨年までなら3ゲーム60球位連続で打てばヘトヘトで充分溜飲が下がっていたところだ。が、暑さとお昼時のため、私の他に誰もいないのを幸いに8ゲーム(160球)連続で打ち込んだ。さすがに汗だくだったが、右肩を少し痛めているのだが(亜脱臼)、痛みも増さず、握力も落ちる事無く、体の何処にもガタが来なかったのにびっくりした。そしてかなり体力が上がっているのに気がついた。夕方からはもちろん空手道場へ、元気ハツラツ指導に当たった。
いよいよ翌12日早朝5時30分、早起き野球に出場、一打席目、記録上はライトフライエラー(後ろ向きでグラブに当てての落球)にて出塁、2打席目は右中間真っ二つのライナーで2塁打を放つ(やった!今度は文句なし)。試合もサヨナラ勝ちで気分良く帰宅。午後からは現役高校生との試合(現役VSOB)。人数が多いので1打席しかない。ここは勝負と1球目は内角高めの速球を空振り(このときOB諸兄は今年も上田先輩はダメだと思ったらしい)ところが2球目外角低め速球を完璧なスイングで痛打、午前中とは逆方向、左中間真っ二つの大3塁打を放つ!高校の監督、OB諸兄も大絶賛のこの試合最高の当たりだった。(脚が速けりゃランニングホームランだっただろうが、スタンディング3べースもカッコイイだろうと言い訳)
私のこの当たりを皮切りに3点を先取、8対3でOBチームの勝利に終わった。
夕方からの懇親会の席でも、この事が話題に上ったのは言うまでもない。出場選手の中で50歳は私一人、次となると36歳、OBチームの中心は私が指導していた頃の19歳〜22歳の若者達である。その中で放ったこの日最高の当たりは教えた子達への最高のアピールとなった。(しばらくはこれで語り合えるだろう)32年間のOB人生OB戦。最初で最後の当たりかも知れない。ちなみに3塁打は中学3年のとき以来2本目である。野球の神様(いるとすればだが)の仕業?嬉しいご褒美だと素直に思えるし、やっぱり練習・稽古は嘘をつかないと思えた出来事だった。
そしてこの夜、夜行バスにて妻と東京へ。次の日早朝、次男坊と落ち合い、新宿・渋谷をいやと言うほど散策し、夕刻息子と別れ、横浜へ。夜景を見たくなってホテルから歩いて20分の観覧車へ。40分待ちを我慢して1周15分の港夜景を堪能し、また歩いてホテルへ。妻は足が痛いと言っていたが私はバリバリ元気だった。(前まではデパートや何処かに出掛けても、疲れたと言っては腰掛けて休んでばかりいたのは私の方だった)疲れないといったら嘘になるがとにかく回復が早い。本当に細胞から変わったと実感している。


まだ続きがあるのでもう少しお付き合いの程を。14・15日と妻の帰省に付き合い16日に帰福、17日・19日と早起き野球に参加、2試合ともフル出場で6打席5打数2安打打点2、ノーエラーである。毎試合1本は打っているので調子がいいと思っていたら、チームメイトからは「毎試合1本だけですね」と皮肉を言われた。でも去年、一昨年よりもずっと状態は良いし、修正も可能だ。

もちろん18日は道場もあった。この間(11日〜19日)ビリーは2回しか出来なかったので、先週からは2日に1回は必ず2ミッション行うようにしている。いつも動いている人にとっては何でもない事だろうが、私の場合、去年までとは明らかに違う。ましてや、やっている事に結果がついて来ているので、なおさら意欲が湧く。意欲が湧けばまた次の段階へと進みたくなると言う我が道場の牧野師範曰くの「向上のスパイラル」が構築されていっているのだ。

早起き野球(IOXリーグ)では我等がチームは5連勝中で最終戦を待たず県大会出場が決まったようだ。3年前は2度目となる県大会優勝、全国大会出場の我等がチーム「荒木町スパッツ」。今年は何と言ってもチーム最年長の「攻めダルマ」が元気だ。(前まで寿野球のメンバーでもあったが、なんとなく思いと違ったので抜けた。若い人達と一緒にやる野球のほうが性格に合っている様なので、邪魔だと言われない限りこのチームに籍をおいて貰うつもりである)
県大会ではいつでも出場できるよう、万全を期したいと思っている。

空手の神様?野球の神様?の仕業!・・・いやいや情熱や意欲さえあれば何事も何とかなるし、たまには良い結果をもたらす事もある。それはやっぱり「継続は力なり」という人間の仕業かな?


スポーツ |  コメント(0)|  


2007年08月02日
また投稿が遅れてしまった。恒例の夏期合宿が目前だったと言い訳けをしておこう。申し訳ない。そしてその夏期合宿は無事計画通り?終了した。

武道、特に柔道や空手道をはじめとするそれなりの格好をした(つまり道衣姿のことだが)武道を志す人間の腰にはいろいろな帯が巻かれている。一般的には「黒帯」と「白帯」、武道に知識のある人で「茶帯」「緑帯」といったところか。我等が空手道福光拳正館には級位から段位まで9色の「帯」がある。入門時に便宜上、巻くのは、ただの道衣をしばる「しろ帯」である。それなりの期間を経過し、先生・師範の推薦を受け昇級審査を受審して合格し、初めて「10級白帯」と成る。白帯に私が赤い線を入れる事で「帯」として意味を持つ。当館ではこの帯を最初として各帯各級2段階(準・正)、10級は白、9級は赤、8級は青、7級は紫、6級は燈(オレンジ)、5級は黄、4・3級は緑、2・1級は茶、初段以上は黒帯(段位により銀線・金線が増える)の9色となる。弟子たちの励みになると考えての段階ごとの色決めだったのだが、今回、色はそのままに審査基準の見直しを図った。

「帯の価値」は稽古している人間なら、必ず等しく理解出来るものでなくてはならない。本当は誰が見てもその違いが解るくらいでなくてはいけないのだ。昔から「名誉段」とか称して、何の武道経験もない輩が弐段・参段を認定されたのを目の当たりにした事があるし、果ては名誉八段?何ていうのも耳にした事がある。話にもならない話だが「黒帯」が欲しいだけならスポーツ店に頼んで注文すれば一番安く上がる事を教えてあげよう。血と汗と涙を流さない「帯」は私と弟子達の世界にはない。長い日々を稽古と鍛錬に費やし、何がしかの犠牲を払い手にする事の出来る「帯」だからこそ価値があるのだから。
いま腰に巻いている帯に自信を持ち、稽古に励む者。帯に追いつこうと努力・精進を重ねる者。これこそが「武道家」の本来の姿である。決して忘れてはならない気持ちなのである。

今回は全面的に高倉誉宜・高倉明美両師範に「昇級審査」を任せた。賛否両論あるだろう。最高責任者が何をしているとお叱りも覚悟している。しかし、高倉両師範は私が全幅の信頼を置く「一番弟子」である。つまり私自身と言っても過言ではない。私の場合、どうしても多少の「情」が、審査の厳正さをスポイルする気がしたので、あえて今回は全て任せた。もちろん見直した厳しい新基準を提示した上での事だった。審査結果は期待通りの、いや期待以上のものだった。

昇段審査は粛々と行なった。一般女子部において初段練士が弐段教士(先生・師範代)に、少年部では正2級(小学5年女子)が10連続組手と型(撃砕2・最破)を演じ見事、少年部初段練士を獲得した。組手審査中、不慮の怪我により審査中止を余儀なくされた正2級練士には怪我が完治し、気力が充実し次第、再審査を行なうと約束し、合宿及び昇級昇段審査は終了した。
 
帯を励みにその帯色、段・級に恥じない力・技・心を磨く努力を重ねる事。簡単に言えば、身につけている帯が似合う人間になる事が「空手道」を志す人間の原点なのである。大人であろうが子供であろうがそれは変わらない。

自分自身への戒めも含めて、「帯」の新基準への理解を弟子とご父兄に求め、より良い道場に、それこそ全員「帯」が似合う道場にしていきたいと思っている。

大変恐縮ですが、次回のお盆15日のコラムはお休みさせて下さい。
お願い致します。



空手 |  コメント(0)|  


2007年07月04日
自分の勝手な都合でコラム連載を2回、4週間、1ヶ月間、休ませて貰いまして、私のコラムをお待ち?の方には誠に申し訳ありませんでした。関係各位にはご心配をお掛けして大変申し訳ありませんでした。心よりお詫び申し上げます。と言う事で、お待たせ致しました、再開(再会)させて頂きます。

コラムという形にしろ、自分の考えや意見が「書物・読物」として残り、誰某の目に晒されるようになると、自分のボキャブラリー(語彙力)の無さと、文章表現力及び、話題の貧困さが露呈してしまう。気楽にコラム(語源は新聞雑誌の囲み記事)だからと割り切って、「いーふくさんどっとこむ」時代から100数十回書かせて頂いたのだが、ここしばらくは完全に書けなくなった。というより、書く事がなくなったと言うのが事実だ。世の中で日々起こる事件・事象にいちいち突っかかっていても今ひとつだし、自分のやっている事を通じて語ってみても、同じような内容が何ヶ月毎に繰り返されるようになって来たと感じてしまって、そうなると悪循環、何を書いてもまとまらなくなってしまった。悩んでも仕方が無いので、しばらく勝手だが休ませて貰って、今までの自分を見直し、もう一度考え方と書く内容を精査してリスタートを切ろうと考えた訳である。そして何はともあれ「自分」に忠実に、たとえ内容が重複しようとも訴えたいことは訴え、感じた事、考えた事を書き綴って行くしかないという結論に達した。だからこれからもスタイルを変える気はまったくないし、いい時もあれば悪いときもあり、調子の良い文もあれば、下手糞もあり、といった具合だが、書いていく事に決めたので宜しくお願いする次第だ。(編集部から辞めろと言われるまでは頑張る所存である)

実はリスタートを切ったのはコラムばかりではない。今年の年明けから自分自身の中に蠢くものがあった。近年ずっと気にしていた事だった。新年の稽古始め(自分自身の初稽古、元旦から1週間)では感覚だけだった。春になり、その蠢くものの正体がハッキリした。きっかけは何を隠そう、我が道場の懐刀「牧野師範」紹介の、「ビリーズ・ブートキャンプ」である。昨年の夏過ぎぐらいか、テレビショッピングで映りだしたビリー・ブランクスを私は以前に見た事があった。9年前、彼は「タエ・ボー」と言う名のカラテビクス(エアロビクスの一種)を考案し、4本組のビデオによって日本に上陸を果していたのだ。一瞬のきらめき、短期間の流行だったが記憶にある人もいると思う。もちろん私も当時、彼のビデオを購入し研究した。女子部を中心にカラテビクスのクラスを作ろうとも考えた。しかし、当時は空手道本来の武道の道行きを大切に考え、彼のビデオは自分の空手道の為の研究材料として終了した。しかし、今回は自分自身が違うのだ。自分が今、求めているものの一部がそこにあるのだから、簡単だったのだ。単純である。自分の中にある「空手道の身体感覚」の全部を覚醒させる為に、先ずは「体力」である。それも単に動ける体力が欲しいのではなく、空手らしく動かせる「力」が必要なのである。もちろん今までも持っていた力なのだが、もっと研ぎ澄ませていかないと指導者として先が知れ、底をついてしまう。高弟達にはもちろん、門下生全員に空手道の空手道らしさを見せつけて、見せ続けていかなければいけない事に気付いただけなのだ。

最初は苦手だったり辛かった動きが、やっているうちに楽に出来るようになったり、得意になっていき、モチベーションが上がっていって更にもっと頑張りたくなってもっとやりたくなる、そして更に上達していくと言う、牧野師範曰く、向上のスパイラルの構築を今現在、図っているところだ。動作のアレンジ、器具の使い方等、簡単にシミュレート出来る様になって来ている。私にはこの「ビリーズ〜」がハマッたようで、非常に快適だし、何より辛楽しい?(この感覚は一部の人なら理解できると思う)。空手道の指導にも是非、反映させてほしいと牧野師範にも言われているし、目的意識がハッキリしているだけに、この蠢く感覚を研ぎ澄まそうと必死になっているところだ。

前にも申し上げたとおり、体重は極端には減らない。お腹周りにはかなり効いている。脂肪も燃焼されているのだろうが、筋肉が再構築を図り始めていると思われるし、脂肪と筋肉なら筋肉のほうが重いので体重には反映し難いと考える。ともあれ、痩せようとか、シェイプアップしようとか、結果を求めている訳ではないし、今月末に行う、我が道場の夏期合宿で「帯研」(黒帯研究会)を正式に発足させ、何年掛かるか判らないが、私の全てを伝授して行くつもりなので、それまでにより高いパフォーマンスが出来るようになればいいと思っている。

たまたま今日7月4日はアメリカ合衆国の「独立記念日」Independence Dayである。私の中にもまた1つ新しい「独立国家」が出来たかもしれない。



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2007年05月24日
ダイエットと言う言葉に女性の殆んどは最も感心をしめす。メタボリック症候群とか言う新しい呼び名が出来て、男性達もダイエットに走る。かと言って世の中、スレンダーな美人とスマートな男子だけになる訳ではない。顔は十人十色、一人として同じ顔の人はいないし、体型だって体格だって全く同じだったら気持ち悪い。性格だって考え方だって食生活だって育ち方だって全部が一緒の人間なんてあり得ない。なのにテレビに出て来る誰々の様になりたいとか、こう言う体型じゃないと、こう言う顔かたちじゃないとダメって言うのはないと思う。確かに職業によって、ある程度の容姿や体型に左右される場合があるが、だいだい一般人にとって、他人の事などそこまで気にしていないのが本音であろう。あくまで自己満足の世界がそこに存在している事を肝に銘じてダイエットやエクササイズに励むなら罪がないので良い事なのだと思う。この一件については世の中がどこかの誰かによって操作されているような危惧まで抱いている私だが、あえてこれ以上は突っ込まないでおこう。

前置きが長くなった。最近、巷で流行りのいくつかのエクササイズとフィットネスについて個人的な意見を。

ネット上のいろいろなサイト、TVショッピングで最も購入され、実践されているDVD・ビデオ「ビリーズ・ブートキャンプ」なるカラテビクス風のエクササイズ(我が道場でもチョットしたブーム)だが、やってみるとこれがかなり大変なのだ。本当に7日間、同じ動きが出来ればの話だがかなりの効果は期待できる。ただ日頃から動いている私達の立場から言わせてもらえれば、筋肉が締まり、筋肉量が少し増え、スタミナが少々アップするだけで体重のコントロール、つまり大幅なダイエットには向かないと思う。ちなみに運動した事の無い人や、関節の弱い人はあの通りにはまず動けない。太っている人はあの通りに動けたら、元から太っている人ではない。つまり体験談の中にある一週間で5キロ痩せたとかウエストが5センチ縮まったとか言うのは、どんな体型のどんな環境におかれた人間が書いているのか疑問である。食物コントロールとの併用ならば確かに可能な数値だが、何百もあるこの体験談は?眉唾ものである。ある程度、画面の真似ができるようになって、汗をかきながら、水分を補給しながら、休憩をとりながらやるのならそれはそれでかなり楽しいし健康的だから、スポーツ選手などにはコンディショニングに良いかも知れない。
もっと楽しくダンス的な要素とスピード感がご要望なら「ターボジャム」と言うのがある。これもまた、ハード極まりないのだが、出演者の笑顔とバックに流れる音楽が疲労感を癒してくれる。「ビリーズ〜」は黒人のマッチョな男性、「ターボ〜」のほうは華奢な白人女性の考案および出演・指導なのでお好みでどうぞといったところだ。ただ2つとも素人にはかなりハードだし、継続的にやるのならいいが1・2週間で結果を求めるならやめた方がいい。何度も言うが無理は禁物、楽しみながらやれる範囲でと言いたい。大体1万2万の出費のみで1・2週間で痩せて健康になれると思うほうがチョット図々しい。

乗馬マシンは気持ちが良いのは確かだ。お腹に巻いて高速振動を与えてくれる数々の機械。強制的に足元を振動させ痩身に効果ありとするマシン等々、とにかく楽をして痩せられるなどと言う機械モノに、大きな期待を抱くのは根本的に間違っている。あくまで個人的な意見だが、食べるだけ食べて動かないで痩せる方法は絶対ないと思っている。食事を制限し、適度よりも少しきつめの運動をし、身体をしっかり管理した上でないとダイエットは成功しない。変なやせ薬や絶食など体調を崩す元凶になるのは必至だ。まだ前出のエクササイズのほうが健康的である。

あくまで自己満足と自己責任の世界なので、言い過ぎは禁物だと思うが、宣伝や広告に翻弄されず、体験談や使用前・使用後などよくよく吟味の上、上手な家庭フィットネスを楽しんでいただきたいものである。

少し長くなりました。最後にいつも見かける「ウォーキング」に勤しまれている人々に一言二言、苦言を申し上げたいと思います。
硬い地面を何のクッションもない安物のシューズで長時間・長距離、歩かれるのは足首関節・膝関節・股関節・腰、果ては頚椎まで悪影響があると思われます。ましてや高齢になると各関節のコラーゲン・軟骨などが磨り減って来るのに硬い地面を歩くのはどうなのかと言う事です。土の上や体育館の周りなどを歩かれるのはクッションがあるので負担が軽減されるのでいいとは思います。流水プールを歩くのが最も関節に優しく、筋肉にも体力づくりにも良いでしょう。
私は正しい歩き方でちゃんと歩いていると言われる方がいらっしゃいますが、歩き方の問題ではなくて、歩く場所の問題だと申し上げたいのです。肉体的な問題も申し上げましたが、夜な夜な、道路や路側帯を黒い服を着て歩かれるのは、夜間、車を運転する人達にとってこの上なく危険な事なのです。私でもヒャッとした事は一度や二度ではありません。これは社会的モラルの問題だとも思いますが、どうかご一考願えればと思います。

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2007年05月10日
この前のコラムに対して妻は「チョット右っぽいんじゃないの?」と感想を述べてくれた。富山市で塾経営をしている友達は、「私達は極端に言えば少し右よりの方が授業を進める上でも上手くいくと思うし、実際、日本人なのに外国の目を気にして外国の地名や人名を日本語読みしないのは、自分達の受けた、自分達の正しいと信じている教育とは違うものを教える気がするので、昔どおりと言うか、自分達が習ったとおりに塾で教えている」と言っていた。

たかが「桜」の話に自分の出身校や体育会系の話と考え方を使って、ちょっと思想と言うかものの考え方を披露しただけでも、世の中の人は、いや学生時代の私を知っている妻でさえ、敏感に反応するのだから、結構軽いマインドコントロールと言うか情報操作が行われ、自由な考え方が阻害されているような気がする。テレビに出てくる政治家・ニュースキャスター・評論家云々を含め、書籍その他にもこの傾向は見られるようだ。小・中・高等学校で使われる教科書についても私たちの時代とは違う地名・人名の読み方で書かれているし、日本人が日本人であることを前面に出すと、どこかの誰かに申し訳ないと思わなければいけないと言うのだろうか、と考えてしまう。

何も言論や考え方、教育に至るまで「世界基準」に迎合し、「世界標準」を目指さなくでもいいのではないだろうか?世界の人々と友達になるために自分の言葉や考え方を制御して相手の顔色ばかりを伺っていても、本当に親密な交際は可能になると思っているのだろうか。お互いの文化や考え方を学び、尊重する事は当たり前だし、お互いを思いやるのは当然だ。しかし、相互理解を促す上で議論や口論、徹底的に討論する事は大切である。テレビや新聞のニュースで観る限り、日本の政治家などは国会や国民に向けては強気で話しているが、外国人の前では小さくなっているように見えるのは私だけだろうか?

鞄や洋服・指輪・アクセサリー・時計などブランド物を身につけるだけで「世界基準」を満たしたと思っても中身が伴っていなければ何にもならない。「世界標準」と言うのは世界中のどこでも、日本人が日本人らしく堂々と誇らしく自分の国を語れるようになって初めて考えればいい言葉だ。国民意識がこれだけ足りない国民も世界では稀である。学校教科書の中に日本で生まれた事を誇りに思えなどとはどこにも書いてないし、だいだい先生と呼ばれる人々が「私達はこの美しき桜咲く日本に生まれました」と教えることを知らないのだ。誰もがごく自然に「桜咲くこの美しき日本に生まれた」ことに幸せを感じ、誰もが桜の木の下でいろいろな「話」が出来るはずである。こんな事を書くとまた「右より」とか言われそうだが、一向に構わない。

日本国は言論と思想は自由な国である。しかし思いのほか国民意識は低い。若者達には、世界の人々や一部の国に迎合する事無く、強い意志と深い思慮を持つ日本国民として誇りを持ち、胸を張って世界に羽ばたいて欲しいものだ。それこそが「世界基準」を満たした「世界標準」をクリアした日本人の姿である。

スポーツの世界ではとっくに「世界基準」をクリアしている人達が大勢いる。悩みながら、じっと我慢しながら頑張る、日本人大リーガーがたくさんいる。自分を取り戻しつつあるレッドソックス松坂大輔がたった今、4勝目をあげた。


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2007年04月25日


試合に向けての稽古内容に疑いの余地はなかった。試合ルールと対戦相手の研究に怠りはなかった。strategy総合的戦術とtactics個々の実践的戦術に迷いはなかった。そして試合に向かうheart精神的部分も練り上げてきた。実際、前日の稽古までは選手個々の仕上がりは順調だったのだ。風邪により2名は出場出来なかったが、18名が「己との戦いの場」に身を置いた。

前にも書いたが私は決して勝ち負けにこだわってはいない。何よりも厳しい稽古に耐え、試合場にあがり、闘いの場に身を置くまでが、最も重要と考えているので、結果は問わないのが常である。私の少年部の弟子達は体格的にも運動能力的にも決して恵まれているほうではない。しかし、正しい稽古と理論があれば立派に空手道として通用すると信じて指導にあたっている。実際この冬場からの弟子達の成長には眼を見張るものがあったのは事実だ。

全てを整えたと思っていてもそこは子供、何度言っても言い聞かせても言い足りる事はない事を知っているはずだった。しかし大会前の稽古の中でいくらかは満足してしまっていたのかもしれない。対外試合初出場組は会場入りから始まる大会全てが初体験なので、父兄も指導者の我々も、ある程度の「あがり」は計算していた。しかし、何度も大きな大会に出場し入賞・優勝経験もある弟子達には問題は無いと思っていた。ところが全員に「あがり」は伝染していた。会場の雰囲気に呑まれ、試合待ちの時間の中で、この極度の「あがり」の状況は私達の予想をはるかに超えていた。

たとえ100%稽古が上手くいっても、試合では30%減ぐらいになるのは当たり前として、半分も実力が発揮出来ないとなると、これは精神的な部分が作用している事は間違いのないところだ。充分にケアして来たつもりでもTPOによって子供達にはかなりのプレッシャーが掛かっているのだ。取り払うには、いつもの様にしっかりと話をしてやれば、気持ちが落ち着き、気合いが入ってプレッシャーを跳ね除けられたのだろうが、「今回は大丈夫」と、たかを括っていた為に対応が遅れた。本当に申し訳ない事をしたと思っている。午後から試合の弟子達はしっかりとフォローして送り出したので何とか良い試合は出来た。

指導者は片時も気を緩めてはいけない事を実感した試合だった。子供達には一人ひとり、試合の直前までそばについて、アドバイスし続けなければならない。試合中も試合の後も、それこそ家から出掛けて試合をして帰宅するまでが試合と考えたほうがいいだろう。子供達にも大人達にも闘う事は怖い事、しかし決して逃げない事と指導している。門下生各々が真正面からたった一人で「闘いの場」に起つ事が、如何に恐ろしい事なのか、大変な事なのかを充分理解しているつもりだったが、まだまだ指導者として未熟だった。大いに反省している。

最後になったが今回の大会はフルコンタクト(当てる)空手の少年大会としては国内最高レベルの大会だった事を報告しておこう。昨年より2倍の参加者を集めたのには理由あった。関西・中部・そして何より石川の強豪が85名、大挙参加して来て、しかも全日本レベルの選手が数多く参加していたのだ。私の弟子達には、少し辛い経験だったかもしれないが、決して無駄にはしない事を約束しよう。「勝って驕るより、負けて学ぶ」の気持ちで、これからの各対外試合、そして秋に予定している当館大会、フルポイント制でのリベンジに大いに燃えている私である。

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2007年04月12日


前の「いーふくさんどっこむ」のコラムにも書いた気がするが、この季節「春」、そして「桜」が好きだ。バッと咲き、パッと散る潔さが何とも言えない。小矢部川河畔の桜も満開の今、桜を題材にコラムを書こうとインターネットで検索をかけて、まぁ驚いた。その種類たるや400種以上におよび、日本中、いろいろな地方、地域に分布する。


白色や淡紅色から濃紅色の花を咲かせ、とくに果実(サクランボ)を食用とするほか、花や葉の塩漬けも食品などにも利用される。園芸品種が多く、とくに江戸末期に開発されたソメイヨシノ(染井吉野)は、明治以降、全国各地に広まり、サクラの代名詞となった。自然種としてはヤマザクラ、オオシマザクラ、エドヒガンなど10種ほどが認められている。昔は、山に咲くヤマザクラ(山桜)や、八重咲きの桜が一般的だったそうだ。有名な吉野の桜も、ヤマザクラである。私個人としてはお花見観賞用のパッと咲き、パッと散るソメイヨシノもいいが、花の色が濃い季節の最後を飾る八重桜も好みである。


特徴として、葉が出そろう前に花が咲きそろう、この「何もないところに花が咲く」という状態に、生命力の強さを万人が感じ、古くから日本人は感動と称賛を送ってきた。そして日本人にとって最も馴染み深い花になり、一般的に国花の一つとされ(法的に定められたものではない)、明治時代以降、軍隊や学校の制帽や階級章に桜を象った紋章が用いられてきた。現在においても警察や自衛隊などの紋章に使用されている。


子供の頃から何故だか桜が好きだった。中学・高校と野球を練習している傍らには必ず桜があった。そして進んだ大学が「日本大学」。校章は桜の花・葉・蕾の上に大学の文字。シンボルカラーがピンク(今でも駅伝中継などで校旗やのぼり旗が目立っている)だったので、学生服(学ラン)の裏地はピンクにし、南無妙法蓮華経とピンクで刺繍を施した。(亡くなった祖母が泣いて喜んだ)大好きな桜を1年じゅう身につけている意識があった。桜のように潔く、カッコよくいたかったからかも知れない。卒業時に後輩に譲ったか、盗られてしまって寂しい思いをしたのを覚えている。なんとそれが何と2年前、25年ぶりに出て来たのだ。大学時代の友人が、大学の部室の片隅からボロボロだがかすかに私の名の刺繍が残る、しかし背中の刺繍で私の学ランと確信して持ち帰り、クリーニングに出して送ってくれたのだ。懐かしさとともに数々の別れと出会いを学ランも私も繰り返して来た事が理解出来た。


この季節は職業がら、必ず辛い別れと新しい出会いがある。そして必ず「桜」がついてまわる。しかし、別れを引きずると新しい出会いを素直に喜べないと思うのだ。教え子達には声を大にして言いたい。新学年、進学先の上級学校で新しい、素晴らしい出会いが待っている、別れは必然で新しい出会いを呼び込む為に絶対に必要なものなのだと。

桜を見ると口ずさむ大学時代に歌った唄がある。

櫻花(おうか)

1.咲いた櫻(さくら)が 男なら
 慕う胡蝶は 妻じゃろか
意気で咲け 櫻花(さくらばな)
  広宣流布の 八重櫻
2.大和櫻の枝は伸びて
 花は吉野に 乱れ咲く
  ぱっと咲け 櫻花  
俺も生きたや 華やかに
3.明日は初陣 正拳を
 月にかざせば 散る櫻
  ぱっと散れ 櫻花
  俺も散ろうぞ 華やかに

  広宣流布の 八重櫻

桜になぞらえ、人としていさぎよく、別れと出会いに感謝しつつ、今年度も一所懸命、一生懸命、生きていこうと思います。

そうそう皆さんも近所で桜が満開ですよ!チョット自転車で散策されては如何ですか?


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2007年03月28日


先週はとても忙しかった。と言うよりこの時期は行事が立て込んでいるのが解っているのに不覚にも風邪を引いてしまい大変だった。実は20日は私の50回目の誕生日だった。午前中は各小学校での卒業式、そして例年の如く午後からは福光珠算学校の卒業式と年中行事を締めくくる大切な日だった。それにも拘らず風邪をひき、体調は最悪。早朝から頭痛と咳が治まらなかった。50回目はシンドイ日になりそうだなぁとボーと外を眺めていたら宅急便のトラックが家の前に停車、小さな荷物を届けてくれた。妻が受け取り、私宛とのこと。譲り受けると送り主は次男だった。早速、空けて見ると、何と空手道福光拳正館のロゴマークをあしらった大きな銀製のペンダント!頭痛も喉の痛みもいっぺんに吹っ飛んだ。裏には50thと家族4人の名が彫られ、バチカン(チェーンを通す部分)も凝っているし、チェーンはソロバン玉をモチーフに、ロゴマークだるまのお腹の拳がドーンと飛び出したデザインが素晴らしい。とにかく存在感が凄いのである。後で聞いたのだが、次男がこのシークレットプロジェクトを計画し始めたのが1年前、長男と連携を図りながらネット等から銀細工の工房を選び出し検討、昨年12月にシルバーアクセサリー製造ワンオフ工房「史」さんに決定、打ち合わせや仕上がり具合を相談しながら、20日を迎えたらしい。プロデュースは次男、スポンサー&裏の文字は長男というところだそうだ。私が小物を大好きな事も、そしてこう言うサプライズがお気に入りな事も、全てお見通しの息子達だとは思うのだが、今回はびっくりした。そして嬉しさはまた格別だった。私は親バカである。公言してはばからないし、こう言う事を照れるタイプではない。息子を自慢する事を親バカと思われても一向に構わないし、いつもいろいろな話を家族で相談し、いろいろな問題を家族の力で解決してきた過去と現在がある。これからも家族の一体感は変わらない。この家族関係を続けて行きたいと思う。その家族の証として宝物がまた一つ増えたと思っている。


ペンダントを身につけて卒業式を無事終え、1日はさんで今度はこれまた恒例の珠算学校修学旅行である。2泊3日で出掛けたのだが、13年ぶりに行き先を見直し、北九州から東京方面へ変更。初めてのコースだと言うのに体調はまだ戻っては居ない。22日、初日、小松から空路東京へ、羽田全日空整備場を皮切りに皇居外苑・国会議事堂・フジテレビ、そして浅草雷門近くの旅館に。私にもう少しゆとりがあれば浅草寺へのお参りも出来たのだろうが、旅館へたどり着くのが精一杯、生徒達に申し訳ない事をした。23日、2日目は終日、東京ディズニーランド。全て班行動とし、ぶっ放した。ディズニー側との連携は出来ていたし、生徒達との信頼関係は昨日今日作ったものではないので、夜の集合時間まで私も少し休憩出来た。そしてしっかり5分前に集合し旅館に帰る。24日3日目、東京タワー・日本科学未来館・船の科学館と周り東京駅から帰路へつく。越後湯沢・高岡と列車を乗り換え福光駅に着いたのは午後8時を少しまわっていた。全員怪我も事故も無く(当たり前だが)、少し成長して帰って来た。「旅」それも自分達が主体となり、荷物や貴重品を全て管理し、動く旅行はどうだったろう?私は行き先の順番と時間をコントロールしただけである。生徒達はいつの間にか教場や小学校の枠を越え、みんな仲良くなった。1つのチームとして動いていた。高岡駅に着く少し前、私は生徒達を褒めた。「素晴らしいチームだった」と。


帰って来たのは土曜日、空手の稽古日である。生徒達と駅で別れた後、福光体育館の道場へ、ここにも大切な弟子達がいるのだ。さすがに道衣に着替える事はしなかったが稽古を最後まで見届け帰宅した。

たしかに凄く疲れていた、体調も最悪だった。しかし、我が子達、生徒達、門下生達に支えられ、何とか乗りきれた。普段だったら、普通の体調だったら、感じられなかったかもしれない貴重な1週間だった。50歳を迎えて、最初の試練か?いやいや「よーく考えなさい」と言う、啓示かもしれない。

そして日曜日、地震だ!・・・
もし1日ずれていたら・・・この地震で大変な目にあっている人達には誠に申し訳ないが、修学旅行と重ならないで正直ホッとしている。そして、遠方の友人知人からたくさんのメールや電話をいただいた。私の誕生日に絡んで心が少し晴れやかになった。オッと体調も戻りつつある。VIVA!50th!

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2007年03月14日


今年1月末にかけて、我が空手道福光拳正館は、となみ衛星通信テレビ(TST)の取材を2回受けました。番組名は「Tとなみ野 Sすぽーつ Tたいむ」。ケーブルテレビ5チャンネルの人気番組です。今週1週間、今度の日曜まで1日5回放送されています。

実は、申し込まれた段階から、非常に感じの良い方に取材を受けました。インターフェイスという砺波にあるビデオ制作会社から佐橋さんという方が来られたのですが、私の話や弟子達の話もしっかりと聞いていただいて、そしてこのコラムも丹念に読んでいただき、2度の取材・撮影も長時間に渡りましたが、稽古のこしも折る事無く、快調に撮っていただきました。後日、台本も見せていただき、今週に至った訳です。

長時間に渡る取材と撮影をどうやって15分の番組するのか?もちろんプロの仕事なので口を挟む余地はありませんが、台本から想像していたよりも、実際の番組のほうが素晴らしいのです。当たり前と言われるかもしれませんが、変なウソ番組が流れる昨今、取材する側のモラルの低下が問題になっています。15分と言う短い番組ですが、取材する側の真摯な態度がもたらしたのであろう素晴らしい番組に仕上がっていると感心しています。

自分ではあの時間で端的に道場の良さや特徴、弟子達との繋がりを説明出来ません。過去に何回か取材を受けた事はありますが、今回が一番うまく撮れているというか、私の思いが伝わった内容に思います。取材する側の真面目な態度が、取材される側の良い面を引き出し、私が伝えたい事のほんの一部分でも理解して貰えたなら、十分なものだと思っていましたが、番組中、全編に渡って良いムードが漂っていました。前に伝承・伝達の難しさについてコラムに書いた事がありましたが、時間の制約がある中でここまで伝える事が可能である事は驚きであり、プロの仕事の凄さを改めて感じました。

放送局の大きさやお金をかけた番組が素晴らしいとは限らないと思います。やっぱり大切なのは「心」。これに尽きると思うのです。今週最初の放送の終了後、いてもたってもいられず佐橋さんにお礼の電話を差し上げました。本当に良い番組を作っていただいて感謝しています。これからも素敵な番組を作っていかれるだろうと確信しています。

ケーブルテレビと言う小さな媒体ですが、結構、反響も大きく、「見たよ!」と声をかけていただいています。午前6時・9時、お昼の12時、晩の7時、夜中の11時45分と1日計5回、今週いっぱい日曜日まで放送されています。興味のある方は是非、ご覧下さい。
番組の中でこのnanto−e.comもいい感じで宣伝されていますので、関係者の方々も是非ご覧下さいね。


しかし、画面に映し出される自分の姿には、結構照れています。もっと「イイ男?」のつもりですが・・・・(笑)

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2007年02月28日
国公立大学の前期試験も終わり、県立高校も願書を締め切り、入試の倍率も確定した。受験生諸君にはもうひと踏ん張り、ラストスパートをかけなければならない。大学の場合、私立と国公立前期、中期、後期と受験しようと考えれば、合格のチャンスは何度か作る事が出来る。国公立大学の前期試験は終わったが、まだまだチャンスとチャレンジは可能なので、希望を持って最後まで頑張って貰いたい。

 高校入試を経験してやっと一人前になった気でいても、大学入試を経験すると、苦労したはずの高校入試がさほど大した事ではなかったと思えたりする。大学入試で大変な思いをしても、就職試験や採用試験、国家試験などに挑むようになると、大学入試でさえ、過去のものとして良い思い出になったりする。しかし、青春の1ページを飾る全ての試験が、そのときその時の悩み・苦しみ・もがきを表している事に変わりはないし、決して軽いものではない事を認識していただきたい。一瞬一時が、試練であり、それこそが生きている証となるのだ。だからこそ精一杯のチャレンジを期待している。

 何事においても、戦う事は辛く怖いものである。しかし、闘うという事は決してその場から逃げない事でもある。人間が一人ひとり成長する過程において、多少の大小の差はあれ、「戦い(闘い)」は何度も繰り返さなければならない。人はそれを成長するための「試練」と呼び、必死に耐え忍び、努力する。神(いるとすればだが)はひとりひとりに試練を与える、しかし、決して乗り越えられない試練は与えないと言う。だから辛く苦しい時期を耐え、必ず来るであろう希望の未来を信じて、若者は眉を上げて人生を歩んで行かなければならない。多少の挫折も試練と考え、次の成長のステップとして捉えなければいけない。よしんば思いの試験に落ちたからといって、自分を卑下してはいけない。努力した結果なら甘んじてそれを受け止め、もう一度立ち上がらなければならない。それこそ「捨てる神あらば拾う神あり」「人生いたる所に青山あり」なのである。

 結果を恐れる事無く、存分に「たたかって」貰いたい。そして、「新しい春」は必ず廻ってくるのだ。別れの時期が必ず来るのが少し寂しい気もするが、その先には新しい「出会い」が待っている。もうあと少しだ!頑張れ!受験生!

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2007年02月14日

カロリーオーバーを気にしつつも、今日2月14日は嬉しい日である。仕事がら、毎年いくつかのチョコレートがもらえる有り難い日だ。たとえ「義理チョコ」であろうが全くかまわない。甘辛両党の私には1年中でも何日も無い貴重な1日である。

恋人たちの愛の誓いの日とされ、世界各地で様々な祝い方があると言う。ヨーロッパなどでは花やケーキ、カードなどを恋人に贈る習慣がある。カードには、"From Your Valentine" と書いたり、"Be My Valentine." と書いたりもする。これは日本とは違い、女性から男性のみとは限らないのである。


チョコレートを恋人に贈る習慣は、19世紀後半のイギリスではじまったそうだ。キャドバリー社2代目社長リチャード・キャドバリーが1868年に美しい絵のついた贈答用のチョコレートボックスとハート型のバレンタインキャンディボックスを発売した。これらのチョコレートボックス等がバレンタインデーの恋人への贈り物に多く使われるようになり、後に他の地域にこの風習が伝わっていった。なお、英語では固形チョコレートはキャンディーの一種として扱われることもあるので、これを「キャンディボックス」とも言う。

女性が男性にチョコレートを贈る習慣は日本で始まったもので、欧米ではみられないといわれるが、英語版wikipediaに「バラ、チョコレート、宝石などの贈り物」という表記があり、外国でもチョコレートを贈るのはごく普通である。ただし、女性から男性へ贈るのみで逆はほとんどない、という点と、贈る物がほぼチョコレートに限定される、という点は、日本のバレンタインデーの特徴である。日本でのバレンタインデーとチョコレートとの歴史は、神戸モロゾフ洋菓子店が1936年2月12日に、国内英字雑誌に「バレンタインチョコレート」の広告を出し、1958年2月に伊勢丹新宿本店でメリーチョコレートカムパニーが「バレンタインセール」というキャンペーンを行った。ただどちらにしても、あまり売れなかったようである。伊勢丹でのセールでは、1年目は3日間で板チョコが3枚、カードを含め170円しか売れなかったとの記録がある。ソニー創業者の盛田昭夫は、1968年に自社の関連輸入雑貨専門店がチョコレートを贈ることを流行させようと試みたことをもって「日本のバレンタインデーはうちが作った」と言っていたらしい。

現在ではチョコレートの年間消費量の4分の1がこの日に消費されると言われるほどの国民的行事となっている。当初は女性が男性にチョコレートを贈ると同時に愛の告白をする日とされていたが、現在では既に交際中の恋人や、結婚している夫妻の間でも行われるようになり、上司や同僚、ただの友人などの恋愛感情を伴わない相手にもチョコレートを贈る「義理チョコ」という習慣や女性が女性へチョコレートを贈る「友チョコ」という習慣も生まれている。日本では、1か月後の3月14日をホワイトデーと呼び、この日に主に男性から女性へ返礼のプレゼントをする習慣が生まれている。代表的な贈り物はクッキー・マシュマロ・飴であるが、バレンタインデーでのチョコレートほど画一的ではなく、指輪やネックレスなどの高級なアクセサリーを贈ることもある。また、近年では4月14日をオレンジデーと呼び、恋人同士(男性女性とも)でオレンジを贈りあい、愛情の確認をする習慣も生み出されているが、まだあまり一般的ではない。

チョコレートと言えばヨーロッパ、ベルギーが有名だが、消費量ではドイツ、美味しく種類があり、食べ歩きを考えるとやっぱりフランス・パリではないかと思う。チョコレートの展覧会や発表会もフランスで多くあるそうだし、日本人のチョコレートパティシエ「ショコラティエ」も数多く活躍していると聞く。

たまに甘い物がという時、チョコレートは非常に簡単に手に入るし、国産大手のメーカーだったら大体味も判っているから安心だ。いろいろなお店のチョコも楽しい。私は小豆(つぶアン)に目が無い。2番手にアイスクリームとチョコレートがほぼ同着で来る。ここ2・3日は「甘い物」には不自由しないだろう。嬉しい限りである。


抽出文献フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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2007年01月31日
よく、「バランス」が悪いと言う時がある。調子が悪い時も使う事があるし、意識せずにいろんな事の「均衡」が崩れたり、上手く事が運ばない時に人間はこの「バランス」を気にする。


スポーツ全般についてこの話をすると、長くなってしまうので、ここはひとつ武道空手の場合でお話させていただきたい。我が道場の昇級審査が今度の土曜に迫っているのもあって、対象となる弟子達はきっと?稽古に余念がないと思うが、その場の基本はともかく、移動・型・組手と審査が続くので体と心のバランスが重要になってくる。力みが先行するとスピードがなくなる。細かい所を意識し過ぎるとダイナミックさに欠けてしまう。平穏な心にコントロールされた無意識のリラックスした技こそが最高のモノである事は誰もが知っている。審査である事を意識せず、思いっきりのパフォーマンスが出来れば問題ないのだが、なかなかそうはいかないものだ。それこそバランスである。体の前後左右上下のブレを無くすには「脱力」が必要である。心を落ち着かせる為には「呼吸」が重要だ。そう、バランスを保つ為には何か他の要因が含まれてくるのが常なのである。

心の豊かさが「強さ」を生み、「強さ」への価値観を変え、本当の「優しさ」に繋がると言う話は前にも書いたが、これもまた、心のバランスが創り出すものである。児童虐待やDV、近親者殺人や婦女暴行、最近の暗いニュースの殆んどは心のバランスを崩した人間によって引き起こされている。仕事と家庭の両立に悩む女性や、何か変な薬物や娯楽に依存しなければ仕事や社会生活を送れない人など、誰にも相談出来ず苦悩している人々がたくさんいる。


しかし、スポーツや武道をやることでストレスを発散したり、絵画や映画、音楽に心の平穏を求める人もいる。信仰に頼る人もいるが、これにはいろいろな問題が付いてまわる場合もあるので言及は避けておこう。気分転換出来る「何か」を求める事は、心の「バランス」を保つ為の一つの方法である。そして、時と場合により幾つかの方法を持っている人が、よりバランスが取り易い人と言う事になる。

政治家の考え違いによる「暴言」や、思い違いによる「態度」も、企業トップの「責任」や「モラル」も、昨今のニュースネタには、バランスの悪い「大人」が数多く登場する。子供達のバランスにまで悪影響を及ぼしている事を肝に銘じて本当の「大人」は行動していただきたい。自分自身のバランスを考えて、いい意味での気分転換と自己啓発に邁進して貰いたい。

超一流のスポーツ選手や高名な武道家や先生から確かに学ぶ事は多い。しかし、請け売りではなく、自分の中でその学んだ事を十分に噛み締め消化し、その正しく魅力的な部分を自分のバランスに活かしていきたいと思うのだ。
指導者の使命は生徒や弟子達を自分のバランス用に創る事ではなく、生徒や弟子達がバランスよく成長する為に努力する事である。一瞬の勝利だけに拘ったり、生徒や弟子達が達成した成果を自分のおかげだなどと思ってはいけない。もう一度言う、成長と進歩を自分の事のように喜ぶだけでいいのである。それが指導者として最もバランスの取れた姿だと信じている。


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2007年01月17日



いつもの事かもしれないが、特に最近TVでニュースやワイドショーを観ていて、何か違和感があるなぁと思っていた。原因は不祥事後の会見や、やるべき事をやっていなかった大人達の「言いわけ」のニュアンスだった。謝罪なら謝罪、原因究明なら究明、釈明なら釈明、知らなかったら知らない、知っている事なら知っている等など、ハッキリと表情なり態度なり言葉なりが伝わってこない。上辺だけで取り繕っても、何も感じないし、付け焼刃や化けの皮は必ず剥がされる。何故、誠意を持って物事に当たらないのか不思議でしょうがない。

TVに出てくる頭が良いだろうと思われる輩であのていたらくだから、私を含めて我々の身近にいる一般ピープルはどうなのだろう?と考えてみた。文明の進化に頼り過ぎ、文化の重要性を忘れた人達、情緒や感性を育てないおざなりの教育、そして心と心の繋がりが希薄になり、簡単に人(身も心も)を傷つける人々が増えたように思う。自分さえ良ければ、他人がなんと思おうが関係ない、自己中心的な考えがまかり通る世の中になってしまった。
子供達への影響が気になるのは私ばかりではない筈だ。そんな薄っぺらな大人社会を手本にしたり、そんなのでいいと思われたりしたら、将来の「日本」は危ないどころか、なくなるのではないかと危惧してしまう。

勿論、気が付いている大人はいない訳ではない。安倍首相のやろうとしている教育改革には疑問??だが、大人の一人ひとりが自分の役目をしっかりと認識し、役割を果たせば、子供達は決して曲がる事は無いと考える。男は男、女は女、父親は父親、母親は母親、教師は教師、家庭でやらなければならない事は絶対家庭でやるべきだし、学校は学校で教えるべき人がチャンと教える。手を抜かない事、誠意を持って対応する事、お互い理解し合えるまで話し合う事、当たり前の事を当たり前にやればいいのだ。心を込めた直球(ストレート)は必ず通用するし、逃げの投球ではその場を打開できないものだ。
「ゆとり教育」は「ゆるめ教育」となり、節度の無い、勉強と遊びとの境目が判らない子供が増えた事は事実だ。勉強する事の意味や意義をしっかりと教える教師も減った。自分を教養のない無知な人間にしてしまう事が、如何に人生を狭くし、つまらないものにするかを説明する大人も少なくなった。
履き違えた話なら身近にもある。あるスポーツ関係の中学の部活、スポ少での話だが、勝つ事・鍛える事だけ教えて、本来スポーツが持っている楽しさや面白さなど心の部分は教えていないと聞いた。もっとひどいのは能力が低かったり、何かの理由で休部する事を指導者も含めていじめの対称にしている節がある。中学の部活動などは学校の授業が終わり、家庭に帰る間までの放課後や土日曜日が活動の本位だ。それ以外の時間を拘束する事はやりすぎだと思うのだがどうだろう。
身体を鍛える事は確かに大切だ。私だって充分わかっている。しかしそれは心を伴っての話で、我慢や抑制だけでコントロール出来るものではない。何でもそうだが教える方にも節度と態度が重要になってくる。

子供達が「言いわけ」をする時、大人のような作為がある事はまずない。ただそれがまかり通ると思わせてはいけない。強い意志を持って、言い訳せずに頑張れる環境と状況をこちら側で準備しておいて、「言いわけするな!」と諭さなければならない。

子供達はその元気よさと屈託のない笑顔で、社会に対し十分に貢献している。彼らの役目、役割はこれだけでも、大人社会を明るく照らしてくれているのだ。
子供達がその笑顔を絶やさないためにも、我々は「言いわけ」せずに、そして子供達に「言いわけ」させずに生きていかなければならないのだ。

No Excuse! 言いわけはしない

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2007年01月03日


天候にも恵まれ、読者の皆様におかれましてはお健やかに新年を迎えられました事とご推察致します。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

“今年は空手・珠算・英語、全てにおいて「初心」に立ち返り、今一度精魂込めて邁進する所存です。“と、年賀状を認めた。年賀状も出す人が少なくなったと聞く。季節の移り変わりも生活環境の変化により昔ほど感じなくなった。人間関係も希薄になり、当たり前だった年中行事の習慣にも変化が起こっているようだ。確かに決まり事や決め事は人間の相互関係に絶対なる信頼をおいてこそ、存在する。一抹の寂しさは感じるが、仕方が無いのかも知れない。

別に諦めている訳ではない。今年も熱くあつく指導していく事に変わりはない。ただ決まり事や決め事だけでは人の「心」は動かないし、動かせない。「感動」「苦悩」「涙」「怒り」「笑い」・・・たとえ何歳になっても忘れちゃいけない事沢山がある。一つひとつの出会いを愛しみながら、それを信じて今年も”生きて生かされて“行こうと思います。本当に大切な事は何かを、何が一番大切なのかを日々考えながら・・・・応援宜しくお願いします。

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2006年12月20日


2日前、玲子女史のコラムに「同級会」のくだりがあった。実は私、同級会の案内係、事務局を預かっている。小学校・中学校・高校と全てに係わっているのだが、これがまたなかなか大変である。高校のは、かなり間が空いてしまったと言うか、一度、企画倒れになった経緯が有って、それ以来、年月が流れてしまっている感じだ。中学のは、前回7クラスそれぞれ代表を決めて動いたので、半分以上が集まって大成功だったとは言え、これまた高校ほどではないが少し間が空いている。で、何と言っても定期的に集まれるのは、小学校の同級生である。その理由は「神輿担ぎ」と云う一大イベントを契機として集まる事が出来るからである。

同級会の名前は申年と酉年なので「申飛会(さるとびかい)」と25の神輿の時に決めた。25の時は何も解らなかったが、42の時は担ぎ方の中心、全てを取り仕切らなければならなかったので、感激もひとしおだった。その後毎年、神輿会の行事として、ソフトボール大会とゴルフコンペがあり、特にソフトボール大会の後は参加者全員で一杯飲むのが常である。ただしこれもあと2年で卒業、ゴルフだとみんなで一度にやれる訳じゃないので、チョット考えものである。

何やかんや、口説いてみてもしょうがないので今年の夏、10年ぶりに男女みんなに声をかけ、男19名、女10名で同級会を行った。日取りが悪かったのか、思ったより人数は少なかったが、楽しいひと時を過ごした。初老の神輿担ぎから10年経過し、もう次の神輿が10年後に迫って来た。数え42歳からもう折り返し、還暦までもう10年か・・・。何か歳をとった感じがして嫌なのだが、実際中学や高校の同級生の中で黄泉の国に旅立ったのが何人かいる。そんな年齢になった事は確かで、しっかりした自己管理、特に健康管理が最重要項目になって来たのは当たり前だ。会話の節々でこの手の話、話題にのぼるのは仕方のないところか。

私の同級生には、青年実業家とか大きい会社の社長、重役など、立身出世物語の主人公を演じる輩はいない。地道にコツコツタイプや「くそいちがいもん」が多い。不器用だが人がいい「よすま」がたくさんいる。だからこそ、団結力とチームワークは絶妙である。訳あって二人ばかり除名したのはいるが、自分勝手にそう仕向けたのだから仕方があるまい。それはそれどこにでもある話で、当たり前とか常識が通じない人間がごく少数いるのはしょうがないのだ。それ以外は女子との連携もバッチリだし、我々申飛会の42の神輿は今でも語り草である。

暮れに向けて会費徴収の手紙を出した。同級会なり、神輿会なり、先立つものがなければ、どうにもならないのはご存知の通りである。しかし、同級生に「金よこせ」はなかなか言えない。同級会で会えば「いつもお世話様、ありがとう」と言ってくれるし、心ある友達はたとえ出席出来なくても、出欠葉書きに近況とねぎらいの言葉をしたためてくれる。その一言や一行でホッとはするのだが、会費徴収だけはいつも言い出しにくいのだ。
気が小さいからなのかなぁ?・・・と少し本音を吐いてしまった。

「同級会番外編」今年初めて、福光・吉江・城端中学校同期の野球部対抗で35年ぶりに「3校野球大会」を城南スタジアムで開催した。福光中吉江中連合軍VS城端中の戦いは6対5で福吉連合軍の勝利に終わった。しかし、勝ち負けより懐かしい顔が揃った事が最高だった。参加者全員で試合後、心行くまで話して飲んで本当に楽しかった。中心となって世話をやいてくれた城端の中島君に感謝と敬意を表すものであります。もちろん全員で来年もまたやろうと再会を約束したのは言うまでもない。

読者の皆様、来年もまた拙いコラムにお付き合いの程を。
宜しくお願い致します。良いお年をお迎え下さい。

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2006年12月06日


珠算の県大会を福光で、開催させて貰った。結果については日曜日(3日)の北日本新聞38ページに載った。空手の大会のときもそうだったが、各部門の優勝者と最優秀選手が記事となった。大会の内容や、生徒達や門下生達の頑張りが、全て載る訳ではない。しかし報道して貰えるだけ有り難い。そもそも何の大会でもそうだが、その現場にいなければ伝わらない事、感じる事があるのである。たとえ、実況中継が入ったとしても、その場の空気・雰囲気まで全てを感じ、報道するのは無理である。もっと言えば、その場にいた人でも鈍感な人間なら、あの素晴らしい「人と人の戦う姿」の美しさを味わえない。勝敗や結果はなにかの形で残す事は出来るだろうが、私が読者諸兄に伝えたいのは、その先端部分ではなく、それ以外の大部分の中にこそ存在する、大会の本当の意味や、意義のほうであるからだ。文筆に力があればもっと生々しく再現する事も出来るのだろう。しかし申し訳ないがそこまでの力は私にはない。全ては無理だが自分の表現力で届く範囲まででご勘弁願いたい。

 大会前日、大会3連覇を目指す中学3年女子の言った言葉、「先生、私、満点を狙って・・・絶対満点取る!」。私は彼女がかなり追い詰められた状態で、あえて自分を鼓舞しているのだと思っていた。当日の朝、早めに会場に顔を出した彼女の第一声「先生、何かお手伝いする事は?」と、いつもと同じ笑顔。平常心を取り戻していた。結果は満点ではなかったが個人総合大会3連覇。しかし、この事はそんなに容易い事ではない。期末テスト、しかも中3の2学期、その前の週、最中にも拘らず練習し、周りの人々に対する気遣いも怠らず、勝ったからと言って決して驕る事の無い彼女に、正直、感心した。良い子になったとか、正しい成長をしたとかといった表現は当てはまらない。強いも違う。そう「しなやかに育った」これが一番近いかもしれない。「凛としている」これもそうだ。
 
 去年、小学4年生以下の部で団体優勝した福光東部小男子トリオが5年生になり、今度は小学5・6年の部で団体次勝に。団体優勝は6年生の福光西部小男子トリオ、満点で最優秀選手も獲得した子がいるチームだ。私は3番手までに入れば褒めてやろうと思っていた。実際2番手だったので褒めるつもりだった。しかし、3人を目の前にして言った台詞は「来年、3人満点で優勝しよう!」だった。学年の差を口実にしていた自分がいた。しかし、子供達は違った。来年こそはと雪辱に燃えた眼をしていた。
 空手の弟子でも、珠算の生徒でも共通して言えるのは、時としてこちらの予想をはるかに超えた高い次元で空手や珠算に向かっているのである。しかもそれが一人や二人ではないのだ。自分の事ばかりでなく、周りの人にも気が配れ、その上で実力を発揮する。本当に素晴らしい。素敵な教え子に囲まれて、幸せである。


確かに本当の「人間力」を身につけるために、日々やかましく指導はしている。気配りや洞察力を考える事や、目標を持ち、折れない心で努力する事を言い続けている。子供だから解らないだろうとか、大人側の勝手な憶測や感覚で子供を指導してはいけない。子供達はその濁っていない感性でしっかりと大人(教師)を観察しているのだ。子供達をある意味で舐めていると、手痛いしっぺ返しがくる。(実際、返されている学校関係者いませんか?何も言わずに言う事を聞くからといって楽をしていませんか?手を抜いていませんか?某中学校の先生方!)
申し訳ないが各教科を「指導する技術」などを身につけるにはたいした努力は要らない。(失礼) 肝心なのは、何故、その教科なり、技能を学び、覚え、身につけねばならないかを全身全霊をかけて指導する事である。正しい考え方のきっかけを与えてやれば、チャンと考えるのは生徒側の仕事である。答えはこうだと教えるのではなく、こうしたらどうだい?と投げかける事なのだ。問題と解答を最初からセットで教えるような指導をしていないか?チェックするべきだし、答えを導き出すとか、生徒をコントロールしようとしても無理だ。それこそ「人間力」がない、人間的に魅力の無い、言葉を選ばない教師や指導者では、誰もついては来てくれない。指導する(させて貰う)事はテクニックではない。「Heart to heart!」魂で訴えかけ、心を揺さぶる事が出来るかが全てである。心が動けば必ず返事が帰ってくる。そしてその回数が指導者と指導される側の理解の度合いになる。それがある段階にきたとき、前出の「奇蹟」が起こる。いや、奇蹟でもなんでもない、それが当たり前の「人間力」かもしれない。

珠算でも空手でも英語でも何でも同じで、人間一人ひとりが自分の中で何度も「進化evolutionと革命revolution」をひき起こし、繰り返す。それが頂点に達したとき、一人ひとりが「輝き」を放つ。そんな一瞬を、「人の煌き」を何度も観られる、見せて貰える私は本当に幸せモノだと思う。

今年の大会シーズンは終わった。また、来年、高校入試(これは今から真っ只中)を皮切りに私の「シーズン」が始まる。その為に冬場はしっかり基礎体力(知力)を養い、備えたいと思っている。


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2006年11月22日


去る11月19日、第9回北陸フルポイント空手道選手権大会を開催した。何とか無事、盛会裏に終了し安堵している。第1回、4団体から総勢46名(小・中・高校生の男女、一般男子・女子を合わせて)の参加で始めた大会が、今回は10団体120名(幼児・小学生から中学生男女と一般女子のみで)という、大きな大会に成長した。誠に感慨深いものがある。創設当時は、まだ少年少女を中心としたフルコンタクト空手(当てる空手)の大会が全国でも数少なく、それこそ試合ルールも大人のルールをもじった形で少々危険な要素を含んでいた。そこで私の懐刀である牧野師範と熟考・相談を繰り返し、フルポイントルール(現行)を作り上げたのであった。子供が対象となるだけに、あくまで安全である事を第1に考えたルールだった。ただし現行ルールにはA・B・C・Dがあり、当館の試合は現在Bルール(顔面パンチ・金的攻撃なし)で行っている。小中学生においては顔面膝蹴りも禁止している。詳細については書ききれないのであるが、とにかくフルコンタクトの子供の大会開催は富山県では当館が初めてだった。

 
第4回(第3回はエキジビション)からは一般女子の部門を併設、当館の母親弟子達を中心にした母親中心の一般女子大会。これもまた全国でも初めての試みと当時は言われたものだった。何故なら高校一般女子選手の年齢は最高でも30代半ばまでと言われているのに、年齢の事を書くと母親弟子達に怒られそうだが、当館の母親弟子達は40前後でやり始めた弟子達が中心である。子供の送迎や応援だけでは判らない部分があるからやってみればと言ったのが最初で、あれよあれよと言う間に本人達のやる気に火が付き、試合を組んでみようと思うまでになった。大会当日は午後の出番まで審判や雑用に追われ、その合間に子供達の世話もある。私にはしっかりしろと叱咤され、午後からは試合である。主婦であり、母親であり、弟子である。(この事はe-fuku3.comの時にも書いたが)
そういう彼女達に憧れ影響を受け、母親弟子も第2世代へと受け継がれ増えつつある。他の道場で真似をして母親にやらせたところもあったが長続きしないそうだ。これまた弟子達に失礼だが、私の妹ぐらいの年齢だから気軽に話したり、考えを同じく出来る部分もあったのではないだろうか。(いまでは皆、本当の妹のような顔をしているが)頑張る母親弟子達の姿はいつしか我が道場のカラーになった。応援や声援の質が自分達も稽古する事によって変わった。ともすれば自己中心的な風潮が流れる試合中や試合の合間に、勝ち負けにこだわらずお互いを叱咤激励する姿はとても凛々しく、清々しく、美しい。
 私はめったに弟子を褒めない。しかし、いつも心の中で彼女達に感謝している。私の求める空手道の本来の姿は彼女達の中にこそあるのだから。


 そして今回、最優秀選手に輝いた寺島選手には、万感の思いがあった。彼女は彼女の長男・次男・三男とともに歩んだ「からてみち歴」14年である。最初は熱心な父兄の一人だったが、私の空手ならと三男と共にはじめた自分自身の空手人生「からてみち」。選手として年齢の限界に挑戦し続けたここ数年、身体的にも腰痛やいろいろな病気と戦いながらの稽古だった。1月前には足首を捻挫、正に満身創痍の状態での今回の試合だった。気合いと気迫が相手の鈴木選手に伝わり、延長戦を制しての初優勝だった。伝わったのは決してそれだけではない、母親弟子としての生き方、からてみちの歩き方を鈴木選手に伝授した素敵な戦いだったと感じた。最後の講評で選手としての彼女に引導を渡したが、選手としての彼女は引退でも、今度は私の片腕として、指導者としての「からてみち」の修行が始まる。一つの区切りであって、決して終わることは無いのだ。すでに指導者としての素質は充分であり、また頑張ってくれると信じている。
 
少し感傷的になった。大会の話に戻ろう。第5回大会からはフルコンタクト空手の大会では行われていなかったパフォーマンスコンペティションと称した演武試合も併設、型や武器術、寸劇や試し割りと言った空手道という武道の新しい可能性も付け加えたつもりだ。組手で戦うのが苦手でも型ならしっかり出来たり、型を演じる事で空手道の奥深さに目覚める時もある。ねらいは空手道の多面性や人間の協調性、しいては武道の教育としての優位性を社会一般に知らしめる事である。
 今年の演武にも弟子達のいろいろな面が感じられた。午前中に組手試合を行った人達は疲れが出たのか小さなミスがあった。しかし気合いと気迫がそのミスを消し、高得点に繋がった。一人で演じるのが初めての彼も、いい緊張感の中からブレの少ない型を演じ2番手に入った。3姉妹+1の演武も本番に向けてレベルが上がった。本来なら3番手と言いたいところだが敵に塩を送って4番手、高校生達は若々しく清々しい演武だったが思ったより得点が伸びなかった。あくまで人の目なので結果は気にする必要はない。演じきる事、大会会場に凛と立つ事が最も大切なのだから。
 
組手試合では12部門中3部門で優勝、準優勝が二人、3位が二人と言う結果だった。組手技術が発展途上の我が道場とすればまあまあといったところか。ただ上位に入れなくても、昨年とは全く別人が如く、素晴らしい試合を展開した弟子が数多くいた。初めて試合を経験した子供達も立派に戦ったし、師範以下、指導者の頑張りが全体のレベルアップに繋がった気がしている。問題点は一つ一つ解決していけばいいのはいつもの事なのだから悩む必要はない。何よりも弟子達一人ひとりが自分自身に挑戦し、頑張った姿はまた来年と思わせるに充分だった。
 
All for one , One for all . ありきたりではあるがこの言葉が今の我が道場を端的に表していると思う。いつも思うのだ。たかだか指導者を含め60名の道場がスポンサーも持たず、他団体に審判やお手伝いを頼むわけでもなく、大会を開催し、少々の問題はあるにしろ、成功させる事の出来る理由は、指導者・弟子達・ご父兄、みんなの力が1つに集結するからである。そういう人達と共にいられる事を、心から感謝している。本当にありがとう。
 
「守拳会(父母会)の皆様には本当に感謝しています。毎回の事ながら、皆様の陰の力があったればこその大会だと思っています。本当にありがとうございました。これからも指導に邁進し、また来年、第10回記念大会を開催したいと思っています。宜しくお願いします。」

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2006年11月09日
チョット、アップするのが遅れてしまいました。理由は聞かないでください。言い訳もしませんから・・・
とにかく、すみません!(もしかしたらはじめてかも?!)


自分の意思や考えを相手に上手く正確に伝えるのは、本当に難しい。言葉は一度口にしたり、文章にして、自分から外に出してしまうと取り消しが利かない。吐いた唾は飲めないと言う言葉もある。幾ら責任を持って吐いた言葉でも、相手の受け取り様によっては、誤解される場合も多々ある。そうかと言って誤解を恐れるあまり、まわりくどい言い方をしたり、話術巧みに丸め込もうとしてもやっぱり本当のところは伝わらない。

珠算にしろ、英語にしろ、空手にしろ、いつも指導する立場にいて、弱気になる事は許されない。弱気になって筋の通らないごたくを並べても誰にも認めてもらえないし、指導者としての資質を問われる事になる。だからと言って押しの一手で強気強気でも理解を得られない時もある。「押さば引け、引かば押せ」のタイミングがこれまた重要になってくる。


最近、指導者的立場の友人との話の中で「可能性」と言う言葉の使い方が議論になった。よく、1パーセントの可能性があれば指導にあたると言う指導者モドキがいるが、実際のところ1パーセントぐらいの可能性に人は賭けていけるのだろうか。何かの外科手術だって1パーセントの成功率に可能性を見出して、それじゃあ手術しましょうと言う人はいないだろう。高校入試にしたって、10パーセントや20パーセントの合格率で「受かる可能性」を信じて受験しろなどと言う担任はいないし、進路指導となればもっと確率が高くなければ誰も奨めやしない。そんな絵空事をまことしやかに語る指導者はまやかしだと言う結論に達した。可能性を引き上げる事は指導者として当然の仕事だ。しかし、1パーセントぐらいを努力とか才能とか言うのは間違っている。ヤンキースの松井秀喜選手のお父さんが彼に贈った色紙に「努力出来る事こそが才能である」と云うのがあった。才能を可能性と置き換えれば、可能性を高める努力こそ指導者と指導される側とがしなければならない事だと思う。「コツコツ努力を積み重ねて、才能を磨き可能性を高める」という言い方なら、誰もが自分自身を信じ、頑張る事が出来るのではないだろうか。

人が人の努力を認める時、人並みの努力を、つまり個々の100パーセントの努力を認める事はまず無い。自分の限界に挑戦を繰り返し、人並みの2倍、つまり200パーセント頑張れば誰もがその努力と才能を認めてくれるだろう。自分は弱いからと諦めが先にたったり、やりもしない内から「出来ない」と吐き捨てる「輩」の何と多い事か。指導者は根気よく、粘り強く、何度でも同じ事を言い続けられなければならない。決して指導を諦めてはいけないのだ。優しくするのはいいが手を緩めたり、甘やかしては何にもならない。面白おかしいのはいいが、舐められてはいけない。言葉の暴力を認めてはいけないが、言葉の暴力に屈しない、負けない生徒に育てなければいけない。カッコいい事を並べてしまったが、言い続ける事、伝え続ける事でいつか子供達や弟子達に理解して貰えると思っている。

部活動を辞めたり、休んだりしたら就職内定や推薦をしないという馬鹿高校教師や、時間外の部活動を当たり前にして、塾に行くと言うと、次の日から相手にしないどころか、いやみまで言う変人中学教師の話を聞いた。いじめ問題や未履修科目問題をどうこう言う前に、指導者側の問題があまりに多いのではないだろうか?生徒を評価する前に自分の先生としての評価が気になり、生徒を観ずに校長教頭なりの管理職を見ている教師の何と多いことか。事務的にマニュアルに沿って教えられるほど、小中高生は簡単じゃない。勿論、全部が全部じゃないと信じたいがテレビのニュースや新聞記事・週刊誌の話ではなく、近隣の学校でもある話である。小中高の先生方に言いたい。時間が限られているからとか、仕事だからじゃなく、「教師は聖職である」ともう一度考え直されて、暖かい血の通った教育をお願いしたい。成果主義ではなく、いろいろな子供達の個性を重んじた「心に伝わる教育・心を育てる教育」を実践していただきたい。

小さな事からコツコツと何年も何十年も懸けて理解を求める私のやり方は間違っているとは思わない。だって「教育効果」は後々になって出てくるものだと思うからだ。即効性のある「言葉」は私にだって吐ける時がある。しかし、それよりも心の奥にずっと残るか、ある時期になってハッと思い出したり、将来のいつの日にか、何らかの形で役に立つような「指導」が出来たならこの上ない幸せだと思う。

今でも時々思い出す恩師が私にはいます。心の中にずっと残っているその先生の言葉もあります。だからそんな先生を目標にして私も指導者の端くれとして生きているのです。私の「心」を伝え続ければ、いつか恩師の高みに届く事を信じて・・・。
「伝承・伝達」難しいけれど諦めずに続けようと思います。

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2006年10月25日

来月、再来月と空手、珠算の大会が続く。来年の事を言うと鬼が笑うが、高校・大学受験はもうすぐだ。合格不合格に明暗が分かれ、そして卒業・入学と1年の締め括り、事始めが始まる。
 何事にも準備が大切だ。「準備万端」「用意周到」良い表現が日本語の中には、たくさんある。準備して、し過ぎることはないし、用意を怠ると対応が遅れたり、出来なかったりする。
 仕事でも受験でも、たとえ旅行や遊びでも、人は準備に追われ、用意していないと落ち着かないし、不安になるのが普通だ。行き当たりばったりの対応や行動では、いざという時に機転が利かないし、フォローも遅れる。万が一の時に対する対策まで練っておければ言う事はないが、それでも不慮の事故や突発的なアクシデントはいつも起こり得ると言っていい。
 受験勉強など、どれだけやれば襲いかかる不安を払拭出来るかと言われれば、なかなか返す言葉が見つからない。しかし受験生の諸君は今も頑張っている訳で、あえて言わせて貰えば「不安だったら続けろ、疲れたら休め」これしかない。不安な時はそれこそ、寝る間を惜しんで頑張ればいいし、疲れてボーッとしていても能率は上がらないのでしっかりと食べ、よく眠れば、また頑張れるものだ。
 就職活動や就職試験・面接、卒業試験に卒業論文、卒業に向かっている高校生、大学生、もちろん社会人も含めてしっかりと準備し、用意を怠ってはいけない。もしかしたら自分自身の一生を決めかねない大事な瀬戸際なのだから、何度も自己チェックを繰り返し、最高の状態を作り上げて欲しいものだ。


今現在、私は空手の大会準備に余念が無いが、細部に渡りチェックを繰り返しているところだ。注意に注意を重ねても、ひとりの力では限界があり、チェック漏れや小さなミスが付き纏う。逆に上から下に流れる多人数によるおざなりの仕事では、これもまた、うっかり・がっかりでミスが出る。そこで「心が許せる人間で、相互理解に時間が掛からず、以心伝心、何でもきたん無く話が出来、自分の考えを尊重してくれる協力者」というと、かなり限られてくる。空手の大会については2年前まで、自分ひとりでやる部分がかなり多く、金銭的にも肉体的にもハードだった。もちろん高弟達や弟子達は手伝ってはくれるし、大きな問題が発生した訳でもなかった。しかし、近年はパソコンや広報活動に明るく、私を最も理解している教え子であり、弟子でもあるA君(本人の希望により匿名だが知る人ぞ知る私の懐刀)が完全サポートについてくれたおかげで数倍効率も上がり、見違えるようなポスターも出来るようになった。少し気が緩んだのか去年は小さなチェックミスが私にあったが、今年はしっかりとやっているつもりなのでご心配なく。珠算の大会は空手の大会の準備が終わり次第、掛かっていかなければならないし、少し二つの行事の準備が重なってしまうが、これまた前出のA君の力を借りて着実に進めて行きたいと思っている。

空手の大会の話に戻るが、我が空手道福光拳正館はスポンサーなり、広告募集をして、大会資金を調達する事をしていない。もちろん大会当日は入場無料だし、後援をいただいている南砺市と福光の両体育協会からの助成金と選手からの参加費、日頃の活動会費で全て運営している。よって大会ポスター・パンフレットも外注せずに自分達で作成製本し、当日の審判やお手伝いも高弟達と父母会(守拳会)が無償で行ってくれている。この「暖かい手作りの大会」が私のモットーであり、続けて行きたい「大会」の在り方である。
これまた、来年の事を言うと鬼が笑うが、来年の第10回の記念大会はぜひ、チャリティーを行い、些少ではあるが地域社会の子供達に少しでも役立てて貰えればと思っている。

「準備・用意」 今はただ、これに尽きる!

空手 |  コメント(2)|  


2006年10月11日
秋は生徒達・門下生達にとって大切な季節である。珠算競技大会や空手道選手権大会など日頃研き抜いた技術・技能を発揮する機会が多い。


とは言え、練習や稽古の成果を全て出す事が出来る生徒・弟子は全員ではない。体調・心調が最高の状態で大会に臨める子はそう何人もいないものだ。子供に限らず大人でもそう上手くいかないのは誰もが経験し、解っている事なのである。ただ一部の人間は、数多くの大会やそういう状況を経験する事により、ある程度自分をコントロール出来る様になる。結果「平常心」なり「落ち着き」を保ち、プラス「運」を引き寄せた人が「勝利者」として賞を受けるのだ。そして、その次元を自分自身の最高潮に常時持っていけるか、高いレベルを維持し、決して下がったり、おちたりしない、一部の人達をそれぞれの道の「プロフェッショナル」とか「超一流」「申し子」「麒麟児」と言う賛辞で呼ぶ。
「運」を引き寄せるのも実力のうちと言われれば、そうかもしれない。しかし、「運」が無かったから負けた、実力が無いと言うのもチョットさびしい。そこで指導者の力量が問われることになる。ひとりひとりの力をしっかりと把握し、勝敗に係わらず適切なアドバイスとアフターケアを行わなければならない。試合や大会は1度で終わらない。何度もチャレンジする理由も価値も存在することをしっかりと指導しなければならない。勝利に酔う事無く、負けて腐らず、ちゃんと次のステップを見据えて共に歩まなければならないのだ。勝敗を超えたところに真の「成長」を見出し、「努力」の大切さと「頑張り」を褒め称える事が大切である。指導者は指導者で謙虚に反省し、指導内容を何度も吟味し、改良を加える等、精進するのは言うまでもない。要は誰でも出来る訳ではない貴重な経験を、指導者も指導される側も、どう学び、どう生かすかなのである。


実際のところ、弟子達や生徒達が惜敗し、悔しがる様子や涙する姿を見たい指導者はいない。手塩にかけて愛しみ丹精かけて育てても、結果が伴わない時も多々ある。肩を抱いて共に泣く必要はない。心を鬼にして叱咤激励し、誠意を尽くして言葉と態度で顔を上げさせてやる事!これが最も重要だ。これからの季節、試合・大会が続く。来月には第9回を迎える空手道福光拳正館主催、北陸フルポイント空手道選手権大会、12月は富山県商工珠算競技大会がある。弟子達、生徒達が思い切りパフォーマンス出来る様、念じてやまない。結果はどうあれ、指導者として出来る限りの事をしてあげたいと思う。


いつか必ず努力が報われ、お互いうれし涙を流せる日を熱望している。「練習・稽古は嘘をつかない」と言い続け、「日はまた昇る」ことを信じて、今日もまた、指導・稽古に生命を燃やしたいと思っている。

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2006年09月27日
日頃から別に特別に意識している訳でもないが、テレビを観ていても、授業中、稽古中でも人々、生徒達、弟子達の顔つき・目つきが気になってしまう。


誰でもそうだが一生懸命な時、集中している時などは顔つきが明らかに違う。目つきが鋭くなり、決して目がおどったりはしない。

やる気があるかないか、考えがまとまっているかどうか、体調はもちろん、心調(心の調子)も判るような気がする。

生徒達や弟子達なら何とか良い方向へ導く事も出来るが、テレビで見る人々には何もしてあげられないし、言ってあげられない。当たり前だがもどかしいのでついつい口に出てしまう。「この人は顔つきが・・・」「この子は目つきが・・・」
という具合だ。妻も私の影響かどうかは定かではないが、似たような事を言う。


スポーツ選手は非常に判りやすい。皆一様にいい面構えをしている時にはいいプレーをする。眼光鋭い時はプレーに集中している様子が手に取るように判る。素晴らしいパフォーマンスの陰には、とんでもない努力や頑張りがある事を感じるからこそ観ている人間に感動を与えられる。(一部のスポーツではマウスパフォーマンスが先行し実力が伴わない選手も存在する。実は目を見れば判るが普通の子なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。サングラスで読まれないようにしているだけで本当のところは心優しい普通の子なのだと思っている。)

スポーツ選手が特に判りやすいと言う例はまだまだある。WC柔道団体戦男子で、先鋒の野村選手が敗れた時、そのほかの選手の顔が映し出された。顔色が無い。もしかしたらこのまま負けてしまうのではと思ったら、その通りになった。実はその瞬間インターネットで結果を見てしまった。テレビは他のチャンネルに切り替え、その後の試合は見ていない。(武道家としては失礼な行為なので大変申し訳なく思う)
ヤンキースの松井選手が復帰した。顔つき・目つきから必死さがビシビシ伝わってくる。結果はご存知の通りである。中日の落合監督はいつも静かな眼で選手を観ている。そんな監督の下で選手はしっかりとプレーしている。ゴルフの宮里藍選手の落ち着きは一朝一夕に出来たものではない。努力に裏付けされた自信がみなぎっている。プロスポーツはそんな甘いものではないと言われそうだが、面構え・眼光に嘘はない。とにかくテレビで観るスポーツ選手はプロもアマも良く判る。


一方、偏見と言われるかもしれないが、政治家などは何を考えているのか全く読めないし、判らない。顔つき・目つきがいい人はあまりいないように思う。まぁ、百戦錬磨、口八丁の人達なのでそうなってしまうのは仕方が無いのだろうが、スッキリとした涼しい顔の政治家は見た事がないと言っていい。顔は笑っていても眼が笑っていない。優しい表情なのだが眼が虚ろと言うか、違うところを見ている気がする。人相まで言及はしないが、もう少し心を表面に出して欲しい気もする。(今回の安倍内閣、テレビで拝見したが、安倍首相を筆頭にスッキリ、ハッキリした顔つきをした人は見られなかった)

痛ましい事故が多発し、荒廃した若者が巻き起こす不可解な事件も急増している日本を救うもの・・・。
それはひた向きで、必死に物事に立ち向かう人々の姿勢であり、顔つき・目つきである。
微力ではあるが、生徒達・弟子達と共に、何事にも一生懸命、頑張ろうと思う。


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2006年09月13日


国際天文学連合(IAU)が、ついこの間、8月24日国際標準時13時30分、太陽系における惑星の定義を決議した。太陽系の惑星は、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星の8つになった。冥王星はかなり説得力のある説明により、省かれた形になった。一時は12個になるとか、それ以上になるかもしれないとか、決議が発表になるまで結構すったもんだしたみたいだった。
 子供の頃から空・宇宙に対する憧れが強かった私には結構大事件だった。いままでの通説がガラッと変わる訳だから、さぞ大変な事になると思っていたが、さほど世間は変わらないので少々拍子抜けって感じだ。来年の教科書類はまだ変わらないらしいが、再来年からは順次改定していくそうだ。
 以下は関係記事の抜粋及び解説だが、後ほど自分の意見も述べてみたいと思う。


国際天文学連合決議:太陽系における惑星の定義
現代の観測によって惑星系に関する我々の理解は変わりつつあり、我々が用いている天体の名称に新しい理解を反映することが重要となってきた。このことは特に「惑星」に当てはまる。「惑星」という名前は、もともとは天球上をさまようように動く光の点という特徴だけから「惑う星」を意味して使われた。近年相次ぐ発見により、我々は、現在までに得られた科学的な情報に基づいて惑星の新しい定義をすることとした。
決議5A
(1) 太陽系の惑星(注1)とは、(a) 太陽の周りを回り、(b)十分大きな質量を持つので、自己重力が固体に働く他の種々の力を上回って重力平衡形状(ほとんど球状の形)を有し、 (c) 自分の軌道の周囲から他の天体をきれいになくしてしまった天体である。
(2) 太陽系の dwarf planet とは、(a) 太陽の周りを回り、(b)十分大きな質量を持つので、自己重力が固体に働く他の種々の力を上回って重力平衡形状(ほとんど球状の形)を有し(注2)、(c) 自分の軌道の周囲から他の天体をきれいになくしておらず、(d)衛星でない天体である。
(3) 太陽の周りを公転する、衛星を除く、上記以外の他のすべての天体(注3)は、small solar system bodies と総称する。
注1:惑星とは、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星の8つである。
注2:基準ぎりぎりの所にある天体を dwarf planet とするか他の種別にするかを決めるIAUの手続きが、今後、制定されることになる。
注3:これらの天体は、小惑星、ほとんどのtrans-Neptunian object、彗星、他の小天体を含む。

国際天文学連合決議:冥王星
決議6A
国際天文学連合はさらに以下のように決議する:
冥王星は上記の定義によって dwarf planet であり、trans-Neptunian object天体の新しい種族の典型例と認められる。

経緯と解説
国際天文学連合(IAU)ではこれまで、どのような天体を「惑星」と呼ぶのかは、定義されていませんでした。しかし、冥王星は次の点で、水星から海王星までの惑星とは違っていることが知られていました。
1. 水星から海王星までがほぼ同じ平面上を、ほぼ円に近い楕円軌道で公転しているのに対し、冥王星は17度も傾いた軌道を持ち、一部が海王星の軌道の内側に入るほど軌道が円から歪んでいる。
2. 半径が1195kmしかなく、次に小さい水星の半分以下しかない(ただし、1930年の発見当時は観測精度が低く、地球の二分の一程度の半径と見積もられていた)。
 観測技術の進歩により、1990年代から海王星以遠でさまざま天体が発見されはじめ、冥王星を含めて、惑星の定義についての検討が始まりました。例えば、1992年には、冥王星軌道の外側を回っている天体、1992 QB1が発見されました。1992 QB1は半径が100km程度と、惑星にしては小さいと考えられましたが、さらに翌年には1993 FWが発見されます。現在では1000個を超えるこの種の天体は、trans-Neptunian objectまたはエッジワース・カイパーベルト天体と呼ばれています。このような状況下で、冥王星は、海王星以遠にある多くの似たような天体のひとつなのではないかと考えられるようになります。1990年代後半になると、冥王星を、惑星ではなく小惑星の10000番に割り当てようとする考えなどが国際天文学連合内で提案されるようになりました。国際天文学連合は、太陽系研究に関係するメンバー約500人から電子メールで意見を集めましたが、この時は大多数に支持される結論には至りませんでした。
 2000年代に入り、海王星以遠の領域には次々と大型の天体が見つかり始めます。2000年には、セレスより大きく、冥王星の半分程度の直径を持つ2000 WR106が、2001年にはさらに大きい2001 KX76が発見されました。そして2005年7月29日、ついに、冥王星より大きいと考えられる2003 UB313が発見されたのです。同時に、2003 EL61および2005 FY9という、やはり冥王星に近い大きさを持つ天体の発見も報告されました。これらの発見によって「惑星とはなにか」という議論が再燃することになります。
 2年近い討議と7名の特別委員会での検討がなされ、今年、3年に一度開かれる国際天文学連合(IAU)の総会で、惑星の定義についての決議がおこなわれました。
 総会の初めに提出された案では、惑星とは、(a)十分な質量を持つために自己重力が固体としての力よりも勝る結果、重力平衡(ほとんど球状)の形を持ち、(b)恒星の周りを回る天体で、恒星でも、また衛星でもないもの、と定義されました。また、惑星をclassical planetとdwarf planetに分けました。この定義にしたがえば、水星から海王星までの8つがclassical planet、冥王星・セレス・カロン・2003 UB313がdwarf planetです。惑星は合計で12個になり、dwarf planetは今後も増え続けることが予想されました。
 しかし、この案には、多くの批判があり、「軌道の側面や天体力学的な側面からの定義をすべき」など、様々な反対意見が出されました。
 結局、定義案はひとつにはまとまらず、案を4分割してそれぞれ別々に採決することになりました。その結果、上記のような惑星の定義が採択されたのです。
 冥王星・セレス・2003UB313はdwarf planetですが、dwarf planetは惑星ではありません。dwarf planetは今後の観測によって増える可能性がありますが、惑星が増える可能性は低いでしょう。
 dwarf planetやsmall solar system bodies、trans-Neptunian objectをどのような日本語に訳すのかは、日本学術会議や関係学会などで慎重に検討することになります。


観測技術が進歩して1990年代にはもう、冥王星の議論は始まっていたなんて、全く知らなかった。通説を覆すには、それなりの説得力がないといけないだろうし、2年もかけて専門家が議論し新説を発表するというのは素晴らしい事だと思う。
太陽の直径は地球の何倍だとか、太陽よりも大きい恒星がたくさんある事だとか、銀河系の直径は10万光年で渦巻きのように回転しているとか、夜空に瞬く星の殆んどはもうとっくになくなっているとか、天文学は話が(特に使われている数字が)とにかくドでかいのだ(だから大きな数を天文学的数字と言うのだろうが)。本当に全部が真実かどうかはこれからもまだまだ解明されていくのだろう。そしてその度に我々人間は議論に議論を重ね、新説を創っていくのだ。
人類は進歩を止めない。1969年7月20日人類として初めて月に着陸し、降り立ったアポロ11号ニール・アームストロング船長の言葉を思い出す。
"That's one small step for a man, one giant leap for mankind."(これは一人の人間には小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ)


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2006年08月30日


高校球児が甲子園に出場するには、1年に2度チャンスがある。一度目は春の選抜高校野球大会「通称センバツ」。これは前年の秋季大会の成績により各地区から選ばれて出場出来るという、要するに1・2年生が新チームから秋までの状態で大会出場権を争い、ひと冬越えた後、選ばれて甲子園に出てくる形だ。だから秋季大会のデーターなどは全部が全部当てになる訳ではないし、各チーム探り合いの中での大会となる。よっぽど前年の夏に好成績を挙げた2年生が本大会で活躍したとか、凄いバッターやピッチャーが存在しているとか、チーム力が毎年とび抜けていて毎年勝ち続けているチームというなら話は別になるが。センバツ出場が決まれば練習試合や対外試合で負けたところで本大会出場には何の影響も無い。要は春に優勝出来ても、夏に勝てる保証は無く、記憶に新しいところでは夏の甲子園大会で今年のセンバツ優勝の横浜高校が1回戦で大阪桐蔭高校に負けた。秋と春の力は夏にはなかなか発揮できないと言うか、夏になると高校生は凄いスピードで成長し、チームも個人も桁違いに実力が上がるのだ。


2度目のチャンスは夏の全国高校野球選手権大会「通称夏の甲子園」である。先程も触れたが、夏は3・2・1年生が各校に揃い、文字通りチーム内でも凌ぎを削って各都道府県の大会に臨む訳だ。そして、春との違いは大会自体が予選から決勝まで、県大会は休み無く続き、殆んど間を空ける事無く本大会に入り、これもまた1回戦から決勝まで休み無く続くのだ。負ければその時点で終わりという完全なトーナメント戦!約1ヶ月間戦い続け、最後に残るのはただ1校のみ。今年、参加4911校の頂点に立ったのは早稲田実業高等部のナインだった。野球の実力も勿論だが、肉体面でも精神面でもその重圧たるや想像を絶するものがある。二つの面を最後までバランスさせ、栄冠を勝ち取った早実の選手達に拍手を送りたい。思い起こせば夏の大会は県大会からドラマチックだった。絶対的な優勝候補の高岡商業が福岡に破れ、その福岡があれよあれよと言う間に優勝した。県大会決勝の砺波工業戦は砺波工業の1番バッター、幅田君が教え子だった関係で居ても立ってもいられなくて、アルペンスタジアムまで応援に行った。彼の活躍も空しく惜敗したが、甲子園出場の掛かった熱戦は本当に震えるくらい素晴らしかった。


県大会決勝も夏の甲子園もあの大観衆・大声援の中で野球の出来る選手達を羨ましく思う。場の雰囲気に呑まれるとか、上がるとか人は言うが、そんなレベルで選手達はプレーしてはいない。逆に集中力を高める要因の一つにしているはずだ。全国の高校野球ファンの目を釘付けにした決勝戦2試合。肉体的には両チームとも(特にピッチャー)限界を超えていただろう。しかし、鋼の精神力を持って戦った彼らは共に勝者である。


その後のつまらないフィーバーぶりは目に余るが、出来る事ならそっとしておいてあげてほしいものだ。注目を浴び続け気を休める暇も無い。彼らがアメリカ遠征に行っている間に、少し熱を冷ましておくべきだ。帰国すれば国体・ドラフト・進学・就職と彼らにはファンにはどうすることも出来ない試練に再び立ち向かわなければならない。よもや思い違いをしている生徒はいないと思うが、ブームは一時である。自分を見失わないようにして欲しいし、もう来年に向かってスタートしている後輩達、全国の高校球児達のためにも黄色い声には耳を貸さず、高校生に戻って頑張っていた