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いなかもん社長 東京で働く

なんと-e.com公式ブログ「なんとコラム」


2008年04月13日
「第六話=スペイン語と英語と日本語」

私はどこに行っても道を聞かれる、という特技を持っています。
そりゃーもぅ、とても高い確率で道を聞かれます。

「道」といっても、剣道とか合気道みたいな武道ではないですし、
武士道とか商人道とかいう人の道のことでもありません。
「道路」の進み方を質問されるのです。

「すいません、東町2丁目の野口さんの家ってどこですか?」
というやつです。
人に道を尋ねられるのは悪い気はしないものです。
だって、頼られるのって基本的には嬉しいじゃないですか。
でも逆に頼られたら助けたい、という長男坊の悪い癖がここでムク ムクと起き上がります。

日本人に訪ねられるのならまだいいんです。
いくつか質問を繰り返して、私の方が詳しければなんとかお役に立 てますし、相手の方が詳しければちゃんと断れます。

問題は英語で訪ねられた場合です。
解りません、という言葉がわかりません。
このままではいけない。
私は必死になって道案内を英語で話す勉強をしました。
いまでは、道の案内はなんとか片言で話せます。

おっと。
そんな私をあちらから少し肌の黒い中近東風の人がチラチラ見てい ます。ほらね、手にはガイドブックを持っているよ。
こちらを向いたまま斜めに向かってきます。
間違いない、これは道を聞かれる前兆だ。

山手線も、もう何十回と乗ったし、英語の道案内も大丈夫。
まかせろ、俺のところにくるがいい。
社員にかっこいいところを見せてやるぜ。

私 :「 May I help you?」ふっ、こちらから聞いてやったぜ。
相手:「△×○○☆○?」
私 :「ふぁ、ふぁっとう?」
相手:「△×○○☆○? アキハバラ?」

私 :「あっ、あっ、あっち。えーっと、おっけい」
私 :「ごーすとれーっと、ゆーきゃんるっく 秋葉原」
相手:「???」

もぅ、頭の中はちゃがちゃが、だ。
一通り会話が終わってから、社員が私に聞く。
すごいですね、社長。あれは何語ですか?

たぶん、スペイン語だ。
なんか、スペインって雰囲気だったもん。

恐るべし人種のるつぼ東京、
はやくだれか任天堂DSのスペイン語講座版を出してくれ。

次回は

「東京のマクドナルド」




第六話 |  コメント(0)|  


2008年03月05日
「第五話=続々/コンクリートジャングル、オアシスはどこだ」

まぁ、なんとかPAでトイレはすませたんですけど、災難は続きます。
どうも、今日の私はストレスのせいかお腹の調子がすこぶる悪い。
空は抜けるような青さなんだけど、お腹はゴロゴロと雷模様です。

首都高をなんとか抜け出して東京駅は八重洲の前を走ります。
「ほほぅ、これが皇居か」と一応話はあわせてるんだけど、
内心は皇居どころか、故郷に戻りたい気分です。

あっ、きました。
何度かの陣痛に耐えていたんだけど今度のは大きいです。
同乗者を打ち合わせ場所にいったんおろして、早朝の首都をすごい形相で走ります。
こんなときに限って、電話が立て続けに入ります。

「社長いまよろしいですか?」
「よろしくない!」

お腹いたいから後にしてくれとも言えず、電話をとるのも限界に近づいた時、
私の目の前に都会の「オアシス」が広がりました。
駐車場付きの公共機関が目の前に現れたのです。
「国立競技場」看板を横目に駐車場に車を止めます。

早歩きでトイレを探す私の目の前に現れたのは・・・
ビックリするぐらい長い階段でした。
恐るべし東京、こんな所でも競技を強いるとは。
薄れていく私の脳裏に、福光の屋内グラウンドのアクセスの良さが浮かんでは消えた。



次回は

「スペイン語と英語と日本語」




第五話 |  コメント(0)|  


2008年02月25日
「第四話=続/コンクリートジャングル、オアシスはどこだ」

無事、都内に入った私を待ち受けていた都会の罠は想像を絶するものだった。
首都高速道路、車好きな者なら、走りたくない者はいないであろう。
私はそんな車好きの期待を一身に背負っている気分だった。
少なくとも、池袋ぐらいまでは。

流れる町並み、高層ビルの間を走り抜ける私、気分はリッジレーサーのはずだった。
たぶん、朝の8時頃に着かなければそんな雰囲気も楽しめたのだろう。
でも実際に私の目に飛び込んできたのは信じられないぐらい長く続いている車の列だった。

右も左も「車」その横には大きな防音壁。
時速10kmぐらいで動いては止まる車の列。
あーぁ、というため息とともに落ち着いてきたのか、トイレにいきたくなってきた。

高速道路だからパーキングに入ればいいんだけど、そのパーキングエリアまでが遠い。
あと3kmだ、20分程度はガマン。
やっとついた、その時、脂汗にまみれた私の目に飛び込んできた2文字。
「満車」ちょっと待て、「満車」とはどういう了見だ。
ドライバーチェンジ、私はここで初めて運転を代わった。
初めて走った「首都高速道路」まさか自分の足で「走る」ことになるとは思わなかった。
「恐るべし東京」
まさに高速で「走る」私の脳裏にこの言葉がまた浮かんでは消えていった。

つづく。





第四話 |  コメント(2)|  


2008年01月09日
「第三話=コンクリートジャングル、オアシスはどこだ」

前号のブログを読んでいただいたかたにはご理解いただけるかもしれませんが、私は東京の移動にとてつもないストレスを感じている男です。
前々号でJRでの移動に失敗し、前号でタクシーでも自分の限界を感じた私は、それじゃぁ、ってな訳で今度はマイカーで東京へと向かいました。

「あぁ、安房峠」学生の時、一度通って感動した記憶がある。
とてつもなく細く曲がりくねった険しく暗い林道に、ある種のサスペンスを感じた記憶だ。
あの道をどうしても夜中に超えるんだ、と密かなプチロマンに傾倒していた。
もぅ心の中は「仕事」なんかどうでもよくて「安房峠」1色だ。
どうせなら仕事に傾倒すればいいのに、仕事では「ドキドキ」できないのが会社員というものだ。
とにかくもう絶対、夜中に安房峠に行くのだ。
すでに、東京ではなくて安房峠に行くことが私の目的になっていた。

この時、私はある社員と一緒に出張に行くことにしていた。
明日、夜の8時ごろ会社を出るからよろしくね、とお願いしていた。
この社員には車で行くことは黙っていた、話したら阻止されるかもしれないからね。
そして、心の中では楽しみな安房峠を超えたら運転を代わろうとたくらんでいた。

話は飛ぶんですが、うちの会社にいると、変な会話が時々耳に入ってきます。
「明日出張だから今日は徹夜で大丈夫ですね」・・・というのもその一つだ。
普通は翌日が出張だったら気を使って早く帰してくれるものだと思うのですが、うちの会社では時々、移動時間は睡眠時間としてカウントされるのだ。

この日に同行してくれる社員も、徹夜で仕事をして8時を迎えていた。
「今日は車で行く、安房峠を超えるんだよ」、とこの社員に伝えたらよっぽど嬉しかったのか、顔を赤くして力なく目を細めてこういった。
「社長、僕が運転しますよ」・・・嫌だ、気持ちは嬉しいがとても同乗したいとは思えない目をしている。
いやいや、いつも頑張っているからこんな時ぐらい、僕が運転するよ。
まさか、自分の車になんかあったら嫌だから、とも社員に言えず、私が東京まで運転することになってしまった。

恐るべし、東京。
逆算すると明日の仕事中は私が徹夜になっているじゃないか。
立派なトンネルができて、すっかりロマンのカケラもなくなった安房峠を眠そうに走りながら私は呟いた。

つづく。





第三話 |  コメント(2)|  


2007年11月27日
「第二話=社員と僕と時々、中国人」

今ではかなり一人でいけるようになった東京。
ちょっと前までは、必ず東京に詳しい社員と一緒に出かけた。
一緒に行く社員も可哀相で、訳のわからん理由で知恵を絞らないといけない。

なんせ、地下に列車が走っていること自体が納得いかない田舎者なのだ。
「いや、もし今ね、地震が起きたら土の中に埋まるんでしょ、生きたままってそれじゃー古墳みたいじゃん。」
「そんな最後は俺のプライドが許さないね」と地下鉄は拒否するし、
人ごみに入る前には必ずプリプリと一人で怒って、いざ入ると流れに乗れずすぐに壁際に追いやられるし。
一人で電車に乗れば、「京葉線」に乗ってビッグサイトに向かい、当然いつまでも着かなくて電話で怒り出すし。

そんな私が東京に行った時、一番生きたかった場所が「東京タワー」なのだ。
30歳も後半になろうというのに、私は一度も東京タワーに行ったことがない。
かといって、社員に東京タワーに連れてってくれ、とも恥ずかしくて今更頼めない。
ということで、社員が打ち合わせをしている隙に、タクシーに飛び乗った。
「東京タワーまでお願いします」これなら、自信をもって目的地に着ける。

「道順はどうしますか」・・・予想外の展開だ、これだから都会の移動はスリリングだ。
田舎者だとは思われなく、しかもエレガントに答えなければいけない。
「一番、早い方法でお願いします」・・・ふふふっ、完璧だ。
・・・「湾岸線をまっすぐでいいですか?」

くっ、しかしこれしきで俺を困らせることができるとでも・・・

・・・「えぇ、そうですね」・・・なんとか、振り切った。
私だって、修羅場を潜ったことが無いわけではない。
しかしタクシーですら、都会では自分を試そうとするのだ。
中学校の授業にぜひ、「都会の交通ルール」を取り入れて欲しいと思う。

東京タワーが目の前にそびえ立つ。
安堵する心が私の心拍数を下げていくのが手のひらに伝わる。
ここはある意味、日本で一番有名な観光地。
田舎者を優しく迎え入れるこの地なら、一人でも困ることはまずあるまい。
そう思って行列にならんだ私の期待は、大きな声によってかき消された。

私の肩に手をやっている人が、大声でこちらに話しかけているんだけど、
まったくわからない。そうなのだ、行列はほとんどが中国人か韓国人で、
日本人と思われるのは周りに私だけなのだ。
いや、これ、地方出身とかいうレベルじゃないだろ?
これ以上俺にどうしろというんだ!?

おそるべし、東京。これほどまでのクオリティが求められるのか?
「TOKYO」ここでは想像以上のドラマが繰り広げられる。
そこは一瞬の気の緩みが生死につながる弱肉強食の世界だった。

次回は

「コンクリート・ジャングル、オアシスはどこだ!」をお送りします。



第二話 |  コメント(4)|  


2007年11月11日
「第一話=東京に立つ」

私はねっからの田舎者である。
きれいな山と川と海がない所に生存できない人種なのだ。

10年近く社長業をやってきて、いよいよ東京の仕事が多くなってきた。
と言うとカッコいいんだけど、本当は出稼ぎが必要になってきた。
誰を東京に派遣しようかな、と人事を相談したら、
「今、暇な人社長しかいませんよ」と言われた。

というわけで単身赴任なのである・・・

数年前、社員旅行で東京に行った時、
東京駅で迷子になったことがある。
社長なのに、東京駅で社員から置いてきぼりだ。
あれ以来、東京に行く時は飛行機を使っている。

東京駅ではぐれたら、取り返しがつかないことを学んだ。
飛行場だと、はぐれても安心だ。
だって、迷子になっても行き先と違う駅につくことないもん。

このままではいけない、そう決意した努力家の私はJRを使った。
緊張して東京駅を歩いていると、お腹が痛くなってきた。
駅でトイレを探すにも時間がかかる。
人の歩き方が早い理由が解った気がする。

やっとの思いで探し当てたトイレ。
入り口にティッシュペーパーが販売されている。
「もしや!?」予感は的中だ。小銭が財布にはいっていない。
小銭を使わなくてすむという、さっき買ったスイカも使えない。
デジタル技術はまだまだ、不便なのだ。(笑)

さっきあった売店まで急いで戻る。
温かい汗も、今はもう冷たい汗に変わってきている。
やっとの思いで両替をしてトイレに駆け込んだ私の眼下に飛び込んでき
たものは・・・

ぜんぶ「赤色」になっている扉が閉まりきったトイレの現状だ。
しかも、こんなところまで行列になっている。
恐るべき東京、一瞬の判断が取り返しのつかない事態を生み出す。
自己責任・・・遠くなる意識の中で私は必死にその意味を噛みしめてい
た。

つづく。
次回は

「東京タワー〜シャインとボクと、時々、中国人〜」

第一話 |  コメント(3)|  






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プロフィール
野口高志
昭和45年生まれの36歳。祖父、父親の会社が経営していた会社が倒産し荒んだ青年期を過ごす。成人し、土木業界、清掃業界を経てIT企業を立ち上げる。旧福光町にて活躍のフィールドをいただき現在に至る。




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