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レイのなんつうかつうかいコラム

なんと-e.com公式ブログ「なんとコラム」


2008年06月24日
 人の寿命が延びて、アラウンド40というドラマまでできるくらいだ。40からが人生!みたいなドラマだから、15でねいやは嫁にゆき〜♪って、いったいいつの時代の歌よ!というかんじなのだ。30後半が結婚ラッシュで昔なら高齢出産と冷やかされた年代に、新婦は「子供は2人」新郎は「いや3人は欲しいですね。」と笑顔でTVで発言できる時代になったのだ。いや、すごいもんだ。

 人は倍の人生を楽しめるよき時代!加速度的に世の中が進歩発展して、文化も経済もちょっと目を離した隙に、浦島太郎になってしまう。地球温暖化も加速度的に進んで、一頃世間を賑わせたノストラダモスの大予言並みのことが、今世界各地でおこっている。誰がみても考えても、「地球は怒っている」と思わずにはいられない。寿命が延びてまだ、先のなが〜い人生を送るであろう10代の私の息子は、地球の寿命と自分の寿命とどちらが長いのか、真剣に憂いている。無理もない。人間があまりにも愚かであることを、彼はよく知っているから…そして、愚かな大人たちが…多分世間的には尊敬されるべき富と名誉と権力をもっている大人たちが…その一切の飾り物を捨てて地球を救うために全力を尽くすことはありえないであろうことを彼は10代にして知っているから…人間の愚かさをよく知っているから…

 世界はどんどんひとつになって巨大化して利害や利権が絡み合って戦略の渦の中。なのにウィルスみたいなものは実に単純に世界が狭くなったことで世界中を駆け巡る。脳が巨大化した人間様は単純に物事を解決できなくなっちゃったんだな。ドバイじゃ、オイルマネーで巨額の資金にものをいわせ、どんどん海を埋め立てて砂漠にオアシスを創り上げている。世界1高い塔は天を突き刺さんばかりに上へ上へと伸び続ける。アラブの商人は、さながら、お釈迦様が垂らす蜘蛛の糸をよじ登るカンダタのようだ。巨大なビルや建物は住むためでなく投資のために売買され実質のない虚構の街が創られている。

 カンダタの糸はいつか切られる。オアシスは幻で街は蜃気楼だ。愚かで愛すべき人間たち、その愚かさも可愛く思えるのはアラウンド40の私だからだろうか。

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2008年04月01日
 みなさん!4月1日です。わくわくしますね。
こんな日は年に一度ですから、早速コラムを書かなくちゃ!

 ところで、ずいぶん月日が経って(私がコラムを書かなくなってからですよ)、世の中いろいろありましたね。サブプライムに始まって〜円高〜原油高〜物価高!日銀の新総裁は決まらない〜!もっぱらタイムリーな問題はガソリンの暫定税率期限切れ〜!

 ま、ガソリンが一時的に下がるか下がらないかは、おこづかい亭主のおこづかいが下がるか現状維持化か?!といったのと同じくらいのレベルで重要な問題なのです。どのくらい深刻かは個人の懐具合の問題でして、根っこは地方経済に係わる問題なんですね。そもそもは、政治家の「財源ないから、ここからお金だしとこか〜!」的な発想が諸悪の根源のような気がするのですが…ま、最近の政治の諸問題は雑な政治的処置の綻び直しに終始してますな。どんだけいい加減な決め方してたんだ?「どんだけ〜!?」って突っ込みたくなりますよね。

 最近言われ始めたことに、現場主義ってことばがあります。現場主義が一番理にかなっているって、み〜んなが気づきはじめたのです。ですが、政治の世界は相変わらずの机上の空論!経済も教育も現場を知らずして語るなかれ!なんですが、現場を知るって、意外と難しい!ですから世の中はそう簡単にいい方向へは向かっていかないのでしょうね。誰かが犠牲となって死に物狂いで頑張っているところはよい方向へ向かうのですが、人間誰しも楽したいものです。苦しまずによくなる方法はないものでしょうか?

 現場において、ある程度の共通認識と共通の価値観が存在するとき、適度の緊張が互いの励みとなって、その副産物として、個人の生活に張りと生きがいを生み出してくれることがあります。このよい環境が創り出せれば、物事は必ずよい方向に発展するものです。帰属意識が安心と安定を生み、その中で互いに高めあう意識が生まれるでしょう。困難や問題が発生したとき、それを克服するための勇気と知恵が生まれるでしょう。およそ、何事においても、ぶつかる壁がないほど退屈な人生はありません。豊かな人生とはその壁をどのように突き破るかを楽しむことです。その当時は楽しくはないとしても…ですが。

 そして、目の前に立ちふさがる壁が共通の壁だとしたら、ともに助け合い協力しあってこそ固い絆となることでしょう。そのような人生を歩めたとしたらそれは幸福な人生でしょう。政治家のみなさんは共に壁を乗り越えようとして、足の引きずり合いをしているのですから、裸の王様みたいに、子供に、「足を引っ張りあってちゃ上れないよ。」と諭されなくてはいけないのかもしれません。裸の王様にならないことこれは結構難しいですよ。私たちも裸の王様に「あなた、裸ですよ」って言えないでしょ?

 「あなた裸ですよ」エープリルフールですから…

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2007年09月25日
 筋書きとおりに福田氏の自民党の新総裁が誕生した。久々に顔を見せた安倍首相の記者会見では、国民への謝罪、辞任が健康上の理由であることへの説明、麻生氏クーデター説への否定等が淡々と力なく行われた。総すかんを食ったサプライズ辞任劇も、蓋を開けてみれば、福田氏、麻生氏、自民党自体も安倍さんに感謝こそすれ非難はできまい。あまりにありえないタイミングでの辞任と、それに続く、自民党内での華々しい総裁選は、国民のアンチ自民感情を一段落させ、民主党の小沢代表も影が薄くなった。まさにバッドタイミングが思わぬ効果を生み、グッドタイミングとなった。

 リベラル派の福田氏が国内的には安定と調和、国際的には穏和のイメージで、まずは第一ステージが終わった。安倍路線を踏む麻生氏はネットで若者の共感と、アンチ福田の票を集めて善戦し、はじめから負け戦とわかっていて挑んだ麻生氏は発言権を得るにいたった。福田氏が棚ぼた総裁なら、麻生氏にとってもこの展開は棚ぼた。全く政治はどう転ぶかわからない。

 さて、過ぎ去ったことにせず、ここで安倍さんが行ったことを復習しよう。彼は強行採決を連発し、かなりその強引さは反感を買ったが、目をつけたことは、憲法改正、天下りの廃止など、戦前派には理解し難い課題や、甘い汁を吸い続けてきた官僚からは「何してくれるんだよぉ〜!」的な反感を買う課題であったから、調和路線をとっていては先に進まなかったんだろう。そのほかにも防衛庁の省昇格、外交面では自由、民主、人権、法治という「価値観外交」の展開などである。社会保険庁の年金問題にしても、もともと戦費調達のためにつくられ、戦後はなしくずし的にやりたい放題に放置されてきたつけを払う結果となったが、内部の徹底解体を主張した。おっと、忘れていた。教育問題。「ゆとり教育の見直し」と「教育制度更新制度の導入」。これもなかなか賛否両論、敵が多い。憲法改正とともに、教育基本法改正はイデオロギー的な問題を含んでいて政治家としては己の身を危険にさらす課題である。その領域に足を踏み入れただけでも賞賛する価値はある。なにしろ内部とマスメディアを敵にまわして四面楚歌であったのだから、よくがんばったと私は労わってあげたい。

 これからは、福田氏が本当の意味での古狸であることを祈るばかりだが…靖国神社に代わる国立の戦没者施設を建てようと本気で考えている御仁に、価値観外交の継続は期待できない。言論などの自由があり、民主主義で、国民の人権が保障され、法治国家である日本。言論の自由がないロシア、法律などどこにあるのかといまや国際的に商品ボイコットされている中国には耳が痛いはず。人権を保障するからこそ拉致は許せないと北朝鮮に日米の国益を超えて主張できる。さてさて、国際的に穏和と各国から歓迎されるのはよいことなのか、狸さんには考えてもらいたいものである。

 安倍さんが先送りにした消費税アップ問題。地方格差の是正、ばら撒きができないからこそ、さてさて、財政確保と地方再生をどうするのか、福田氏のあいまいを追及するのはマスメディアではなく、国民一人一人の頭です。所詮政権を握ってない野党はおいしいことばっかり言うからこれも、国民一人一人がよ〜く考えて流されないようにしましょうね。

 それにしても、私の心配は陪審員制度と地球温暖化なんだ。これって、あまり議論されてないから、こわいよね。

 

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2007年09月18日
突然ですが、私のペンネームを募集します。
「にしおか〜すみこ、だよ〜!」みたいにインパクトがあるのがいいな。

 突然といえば、安倍さんの突然の辞任には少なからず驚いた。そして今、筋書き通りに次期首相が選ばれつつあるのをみると、政治の世界にいやけがさす。安倍さんの辞任には無責任との批判が相次いだ。政治家としての資質を問う声も精神的に弱りきった安倍さんの傷口に塩をぬるように辛口だ。

 世間の言う政治家らしい政治家とは、プーチンのような男だ。チェチェン紛争のテロによる劇場占拠事件で彼はテロの要求を銃弾とともに粉砕した。鉄よりも冷たく、冷静で何よりも国家を第一に考える。経済的発展と国家権威の復活を隠れ蓑に、言論の自由、民主主義の弾圧も糾弾されることはない。彼の思い描く国家にまっしぐらである。日本のたぬきや狐に太刀打ちできるはずがない。

 一国の長の唯一の味方は世論の支持率である。しかしながら、支持率とはTVの視聴率みたいなものだ。マスコミは時に言葉をもてあそび、世論の関心を煽り、本質を見失わせる。世論は饅頭の薄皮のごとく中身はなく、外側の環境に左右される。そんな支持率に命運を左右される政治家というものはなんとも不憫だ。それでも、国民を味方につけた小泉さんのように、支持率を手に入れれば思い通りに政治を動かせる。拉致問題で国民に絶大な支持を受けた安倍さんは、自分の政治的信念である、戦後レジュームからの脱却を目指し、急速に改革を推し進めてきた。その断固とした信念と急速な政治的断行は政府内、世論にも戸惑いを与えたことはいなめない。現代の日本人は口では変革を求めるが、実は変わることを一番恐れる国民である。相次ぐ不祥事の発覚で、安倍さんの支持率は急速に下降し、それに比例するように閣内での影響力は失せていった。それに、彼は経済界や民間のドンをブレインにもち、政治的に立ち回るなどというには少し若すぎた。矢面に立たせる人材にも恵まれず、自分が矢面に立ってしまった。政治不信と国民の不満を一気に背負った形での辞任であった。社保庁の国家的犯罪もいずれなしくずし的に時効となるだろう。調整を求める国民の声はもっとも日本らしい政治の世界に日本を落ち着かせるだろう。常に経済的に発展しつづけることによってしか生き残れず、お金を世界にばら撒き、核の脅威のもと、アメリカの庇護を受け、アジアでは侵略国として永遠に謝り続け、自国を愛する力に自信と信頼がもてない。

 政治家らしくない政治家だったからこそ、密かに応援していたのだが、やはり政治の世界には限界があったようだ。大狐や大狸の皮を被って中身はまっさらなままでやり遂げる政治家というのは現れないものだろうか。政治家としての自殺行為とも言われた辞任劇だが、「麻生さんに裏切られた」との声もマスコミでながされた麻生さんと相打ちの形で幕を引いた。いずれ何年後かに復活することがあるだろう。そのときは、しっかりと大狸のきぐるみをかぶって世界に名だたる大狸政治家となって、日本を自立させてほしいものである。でも、プーチンみたいな血も涙もない国家主義はごめんだからね。拉致被害者の家族のために涙を流せる政治家を大狸に育てるのも世論なんだけど、世論もマスコミに扇動されずに賢くならないとね。ここが私も含めて一番むずかしいところだね。 

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2007年08月28日
 前回のつづき

 あの、冒険パリっ娘たちも無事フランスに帰った模様。それにしても、大陸横断とは思い切ったものだ。家族は心配しないのか…とか、変な人に拉致されないのか…とか、老婆心で心配したが、なんの、なんの、彼女たちなかなか如才ない。無茶のようで、ちゃんとルールを守っているようだ。ヒッチハイクは土地の人と語らいたいためで、お金をケチっているわけではないらしい。つまり、私は安全パイと値踏みされたらしい。行く先々で彼女たちは旅のカップルやグループとお友達になって、上手に旅をしているのだ。

 お茶目なアメリに、無口でゆったり構えているアニュアス、アニュアスはしゃべるのが得意ではないので、トランプに見立てた家族写真を持っていて、それを使ってコミュニケーションをとる。アメリは舞台芸術の仕事を目指しているだけあって、絵やスケッッチ、写真のセンスが抜群にいい。それらをPCにアップして旅日記として配信している。彼女たちは芸術学校がひと段落して、単発の舞台の仕事が始まるまでの休みを利用してこの旅を思いたった。

 彼女の父はスイスで金融関係の仕事をしているらしいが、これも大きなプロジェクトがあったときの単発契約のようである。アメリが舞台の仕事は将来的に身をたてるのは難しいと諦めかけたとき、自分のやりたいことをなぜやりもせずに諦めるのかと叱咤激励したのはこの父である。母は彼女のほかに子供が4人もいるので、仕事はたまにしかできない状態だという。若い頃にアメリを産んで、彼女に言わせるとよくあるミステイクだったらしい。そのミステイクの申し子が彼女で、長女である。彼女たちは旅日記をインターネットカフェを使ってPCに配信しており、家族はそれを見て無事を確認できるというわけだ。まったく、時代は変わった。それにしても、彼女の嘆きは、この旅の間中、彼からのメールはたったの5行だったことだ。いつの世も、どの国でも、殿方はマメなことは苦手なようだ。ミュージシャンの彼は3、4人の友しか持たず、その人たちとしか付き合いはなく、話すことと考えていることが異なるのだそうだ。ふぅ〜ん!正反対なふたり。彼はもう30を過ぎてるそうだが、夢を追うアメリと彼、私はあんまり小姑みたいなことは言わないでおいた。

 夢を追いかけられるって幸せだもんね。

 ということで、20代半ばの彼女たち一昔前ならもう、落ち着きなさいと言われた年頃だけど、いまの時代ならまだまだこれからという感じなのね、小子化に最近歯止めがかかったというフランスだけど、それは、未婚、既婚関係なく、子供を手厚く保護する制度を整備したかららしい。フランスでは未婚で子持ちの女性がとても増えているそうな。女性が強くなると小子化が進み、女性がさらにもっと強くなると少子化に歯止めがかかる。ん〜殿方たちどう考えます?

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2007年08月03日
皆さん、お久しぶりです。

このコラムサイトのよさは、原稿の取立てがないことです。で、それをいいことに、雲隠れ…していたつもりですが、先日、市の行政改革懇談会のメンバーに再度召集がかかり…その、私の肩書きを見ると…なんとeコラムニストとなっているではないか!
『これって、詐欺になるよなぁ〜』と後ろめたい気持が湧いていたところ、ぽつぽつと皆さんから、「更新してませんねぇ〜」とか、「やめたんですか?」とか、「あれって、いつ更新なんですか?いつでもいいの?」なんて、やだなぁ〜、もう、更新日知ってるくせに〜!!いじわるなんだから〜!

選挙の話も教育、経済の話もかた〜い話は勘弁してもらって、ここ最近の私のはなしなどを…コラムとうよりエッセイで始めましょう。

私は期日前投票を済ませ、週末は↓コラムの上田館長の空手合宿に参加していたのでした。大体泊まりに行く前は夜遅くなって睡眠不足なんだけと、そんなことはこの合宿に関しては関係ない、ひたすら体を動かすのみ、このひたすら体を動かすってのに私ははまっていて、そこから得られる何かにまた、ワクワクしながらはまっている。意味のない練習を100回しても無意味だが、良き指導者がいて、その指導者についていく意思のある弟子がいるなら、これほど楽しいことはないはずである。私が理想的な弟子かどうかはちょっと疑問なんだけど、もう少し努力すれば、などと自分でも思うんだけど、意思に反して、疲れが忘れたころにやってくる年頃になると、思いがけないしっぺ返しをもらったような状態にもなるのだ。そんなときは鉛の体が深く深く砂漠のベッドに沈みこんでいくように寝るしかないのだ。年をとってもチャレンジすることは可能だが、若い頃にしか出来ない無茶もあるのだと思い知らされる。だから、若者よ、苦労は若い頃にしなさい!多少の無茶は若い頃にしなさい!

で、無茶といえば、先日福光駅で会ったフランス人のヒッチハイカー。彼女たちは、自分たちの決めたルートで大陸を横断してアジアを旅していた。たまたま、タクシーの所に勤めている友人に会いにいく用があった私は、通りがかりに、首をつっこむこととなった。ん?という感じで首をつっこんだだけなのだが、アメリ(26歳)はとても積極的に自己紹介!離れて立っていたいとこ(アニュエス、24歳)を呼んで、あっという間に、私は「日本にようこそ!」とアメリと握手していた。後になって考えてみれば、これは彼女の特技だ。わなだったのかもしれない。

フランス人であるアメリとアニュエスはとっても流暢な英語を話す。得にアメリの英語はものすごく美しい発音で少しでも訛りがあると理解できなくなる私は大助かり。とにかく相倉が次に目的である彼女たちは少しでもそちらの方へ行きたいという。その方向がどちらか教えてくれという。ではまず、電車で城端まで行かれという、タクシーの人に、電車やバスには乗らずヒッチハイクをしていくという。それくらいなら私が送りましょうということになったが、もう、夕刻6時である。車の中でこれからの予定など聞くと、相倉へは明日の朝出かけるので、今晩の泊まる先はどこかのうちをノックするという。アメリはフランス人にしては大そう小柄で日本人好みの可愛い子である。その彼女がお茶目にノックのポーズをしてみせるのだ。男じゃなくても、なんとかしてあげたくなるよね。「そりゃ、無茶だろ〜!」とは叫ばなかったが、とりあえず私は城端で知っている人に頼んであげることにした。しかし、そんなに、すごく懇意というわけでもない私に、いきなり見ず知らずの、しかも外国人を泊めてあげてくれなどといわれても、無理だよね。それでも、頼んでみたが、なかなかうんとは言ってくれない。おじいちゃんもおばあちゃんも英語はとんとわからないし、ご主人も心もとない私の通訳だ。怪しい雲行きに可哀想になって、「もし、ここが無理なら私の家でよければ泊めてあげるよ」というと、もしあなたがよければとても嬉しいという(これがまた、なんとも言えない満面の笑みで)。泊めるのは無理だけど、いくらでも相倉まで送っていくよ、と言う城端の方のご好意には、今度は彼女たちがノーという。そちらに用がないのに送っていただくわけにはいかないというのだ。筋は曲げないヒッチハイカーである。
明日、五箇山にいくのなら、と、彼はこきりこを横笛で演奏してくれて、お返しにアメリがオペラを歌い、ちょっとした異文化交流があり、頼んだ先が精肉店ということで、たくさんの揚げたてコロッケをもらって彼女たちは我が家にくることとなったのである。が、私の思いつきで迷惑をこうむったのはK精肉店。なのに、いやな顔ひとつせず、精一杯のことをしていただいて本当にありがとうございました。おばあちゃんは外まで出て手を振ってくださいました。近いうちにお礼に伺います。特上牛肉は買えませんが育ち盛りの子供たちのために、栄養満点の豚肉を買いに行きます。

さあ、タジキスタンやイランなど、大陸を股にかけ、アジアを旅する若きフランス人の武勇伝は、また次回ということにしよう。

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2007年06月19日
福光美術協会では春に一度、研修会がある。焼き物、絵付け、リトグラフ、ガラス工芸、美術館巡りなど、芸術に親しむ至って真面目な研修会である。分野は、日本画、洋画、工芸、版画、書、写真と多岐にわたる。大人の美術愛好家たちの集まりである。

 この研修は、大人の贅沢な楽しみとでも申しましょうか、大人になっも、学ぶことはよいことで、お昼には美味しいものを食べ、ちょっと疲れた頭をお酒でほぐせば、もう、最高の遠足、いやいや、研修会なのであります。

 今年は、お隣石川県の小松にある本陣記念美術館と宮本三郎美術館、それに宮本三郎の生誕の地に建てられた宮本三郎ふるさと館に行ってまいりました。

 本陣記念美術館は元北國銀行頭取の甚一氏が40年かけて集めた美術コレクションが市に寄贈されてつくられた美術館。建築は都知事選の奇抜な選挙カーで話題になった黒川紀章氏の設計。んー甚一氏の銅像に私は見入ってしまった。これって、誤った見方かしら?

 さて、宮本三郎氏は私はとんと存知あげない方だったのだが、絵画に親しむものなら誰でも知ってらっしゃる方なのだそうだ。色々なジャンルの人がいる美術協会の研修会は有意義だ。「この方有名なんですか?」と石崎会長に聞いてみたらそう答えられた。

 宮本三郎美術館は蔵を改装したもので、中に入ると、漆喰のひやりとしたした空気が心地よい。天井の吹き抜けの木の梁がまたなんともいい雰囲気だ。入り口には明治38年生まれの宮本氏が戦後間もなく、米軍のリクリエーション施設に依頼されたという「日本の四季」全6面が飾られている。全体にこれが油絵かと思うくらい淡いトーンで描かれたその絵には、その色合い反して、力強くたくましく働く日本人の姿が描かれている。四季を通して、酪農(春)、地曳網(夏)、収穫(秋)、伐採(冬)、そして、「灌漑」(朝)と「鵜飼」(冬)。働く姿からは日本人の勤勉さが手にとるようにわかる。働く日本人の姿には働くことへの尊さと誇りが感じられる。まさに日本人なのである。敗戦国日本、その事実を如実につきつけられながら、これがあなた方米軍が知りたがっている「日本の四季」そして、日本人、日本です。と宮本氏が訴えているようだ。体を休めるところだから休まる色合いにと相手を配慮しての配色、そして、富士山や、虹をうっすらと配置してみるというサービス精神は、依頼されてつくられたものという色合いは否めないが、作者の人となりを感じさせる。

 そして、晩年の作品、花と裸婦、その色彩のすばらしさはじかにご覧頂きたいのだが、この晩年の作品は是非じかに感じてもらいたいものである。その温かさ、ぬくもり、安堵…「この作者の晩年はきっと充実していて、幸せだったんだね。」と思わず私は隣にいた友達にもらしたが、それは、絵の横にある当時の新聞や記事の抜粋からもわかることではあるが、なんの前知識がなくとも誰もが十分にその温かさに包まれてしまう、そういう絵が宮本三郎の絵である。強烈な黄からなるゴッホのひまわり、その雰囲気を醸し出したひまわりの宮本の絵もあるが、痛々しいほど繊細なゴッホとは対極にある宮本のひまわりである。強烈な色彩のゴーギャン、その色彩を思わせる宮本の赤、だか、やけどしそうなゴーギャンの力強い情熱の色彩とは対極に宮本の強烈な色彩は存在する。これほどまでに癒しを感じる強烈な色彩を私は知らない。

 ほとんどが母のような存在で、たまには恋人のようであったという文枝夫人、なにもかも正反対であるがゆえに引き合ったとう。ふるさと館にある「窓辺の女」二枚の絵は背景をぼかし人物を浮き上がらせた一枚と、同じ場所と思われるが窓の向こうの背景に鮮やかな色彩をつかい、窓辺の人物はごく淡いブルーで統一した一枚と正反対であるが、どちらも窓辺の女が主役である。淡いブルーであらわした技巧的には無茶とも思えるこの一枚のほうが、より人物を内面的に浮き上がらせている。

 それはなんともいえない安堵感漂う家庭の絵なのである。売っているはがきではものの見事におなじトーンで印刷されて台無しになっていまっているので、是非実物をご覧あれ。癒しを求める方たちにお薦めです。

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2007年05月21日
りりー・フランキーの「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を先日読み終えた。気づくと、5月13日、五月の第二日曜日、母の日だった。

 『あ〜、母の日だなぁ〜、電話しようかな…』と思いつつ日が過ぎて、土曜日に母から携帯に留守電がかかっていた。『遅いし、明日電話しよう…』

 翌日、「まだ、早いし、もうちょっと後で…」

 と思っているうちに向こうから電話があった。『母の日に電話すらしなくって、しかも、電話をまたそちらからもらうなんて、ばつが悪いなぁ。』

 これで母が急逝しちゃってたら、すごい後悔するんだろうなと思った。子供って、親に死なれてから、あんなこともしてあげればよかった、こんなこともすればよかった、ぼくはこんなにしてもらったのに…と思うんだろう。リリーさんのこの本は母子家庭で愛情いっぱいに、しかも、迷惑かけっぱなしで育った彼の母への尽きせぬ想いの結晶。親に死なれた何万人という子供が抱いてきたその想いの結晶だから、ベストセラーになったんだね。それにしても、男の子の母親に対する想いは特別だと思う。異性の体から産まれてくるのは、男の人だけで、これはすごいことだと思う。女の人がお父さんのお腹から産まれていたら、娘の父に対する思い入れもずいぶん違ったものになるのだろうけど、それも、考えると、ちょっと気持ち悪い。異性も産んじゃうんだから、母親ってすごい!あ、自分もそうですけど…そういうふうに創った神様がすごい!

 あの、凶悪犯罪では歴史の深いアメリカでは、「母親殺し」と呼ばれると、もうどうしようもない人間の代表として表現されていたけれども、最近では、親子関係や、子供の精神環境が劣悪で、母親殺しが頻繁になってしまった。人間としての何かが欠けてしまっている。「気づいてあげて子供の悲鳴」と私は思う。

 リリーさんは悔恨の想いがいっぱいだけれど、母の気持ちで読むならば、ずいぶん幸せをもらったお母さんだったと思う。子供のために苦労することも母親の喜びだもの。息子の創った世界の人たちと自分も仲良くなれて、自分なりの付き合いができたなんて、私は母としてそんな幸せはなかったと思う。

 そして、子供が父母のことを一人の男と女として見られるようになったとき、子供は一つ親から自立したんだと思う。

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2007年05月08日
  葉桜になる頃、桜並木が目の前にある我が家では、むかでが頻繁に出没するようになる。昨日、むかで君は、子供の体操服袋に忍び込み、子供の体にへばりついて、子供の体をあっち側、こっち側と、移動しながらともに運動していた。去年は、習い事に行く私のお供をして、なが〜いピアスみたいに、髪の毛にくっついていた。友達が冷静に「虫」とだけ言って払ってくれていたからいいようなものの、状況を説明されたら卒倒していたかもしれない。

 都会ではへびが赤坂に出たといって全国ニュースになるけれど、へびやむかでなんて日常茶飯事である。あつ〜くなってくる初夏には、へびがくねくねしながら結構なスピードで道路を横断する。時々、あわれ…ぺっちゃんこ。慣れとは恐ろしいもので、ちょっとやそっとでは驚かない元都会人も、「へびが可愛く思える。」というと、田舎の人にも変人扱いされるので要注意だ。

 さて、ものすご〜ぐブームに遅れて、リリーフランキーの「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を読み始めた。今更買うのはシャクだから、ちゃっかし、借りて…

 途中までしか読んでないけれど、私は共感するところが多くて、同じような体験というと語弊、誤解が生じるけれど、似たような経験がいっぱいあって、素直に共感できた。しかし、私の女友達は、「母親の苦労を知らず困った奴だ」以外の感慨をもたなかったというから、ベストセラーの本でも、感想は人それぞれなんだろうね。前半しか読んでないから、前半部分で私が感じた共感を述べることにしよう。

 私といえば、小さい頃、家の物干し台から「屋根を
つたってあちら側の家までいけないかしら?」などと考えて、危ないことをこっそりやらかしていたから、子供の危ない冒険心には実に共感した。自分が親になってみると、今度は子供が危ないことをこっそりしでかす。比較的男の子としては大人しかった(多分)子供たちだが、体を使ってするちょっとした無理は、率先してやらせてみた。これは子供のため、というよりは、それを見て結構自分が楽しんでいたような気もする。

 子供が子供世界の中でとったりとられたりという、問題がこの本にもでてきたが、うちでは3人いる子供のうち2回そういう事態に出くわした。子供とは欲しいものはどうしても手にいれたがる。それが、友達のものでも、盗みでも嘘でも、である。それを大人の感覚で罪の意識と重さを量るから、子供はたまらない。それを正そうとする大人同士にも亀裂が生じる。この本ではオカンがノータッチを決め込み、うまい具合に向こう側の親が察知して事なきを得たが、そううまくはいかない。子供同士での解決など、到底無理である。子供同士の世界では盗った方が知らぬ存ぜぬを押し通す。それが常識である。大抵は盗られた方が泣き寝入りである。悪いことをして怒られないとその子の将来によくないとも考えてしまうが、その子の親がみつけて怒るのが一番いい解決策である。なかなか、そうとばかりはいかないから、親同士が出て、当事者よりも親同士に禍根が残ってしまう。大抵は命ほど大切なものでもなし、後になってみれば「なんであんなものに…」というくらいの代物なのだから、本来親同士が目くじらたてることでもないのだろうが、盗られた方は悔しくて夜も眠れない。世の中は正しいことばかりが通らないと、幼くして思い知らされることになるのである。

 親がやんわりと介入した場合、大人が子供とはそういう未熟なものであるということをわかって対処すれば、さほど難しい問題ではない…はずである。しかし、自分の子となると親ほど逆上するものはいない。冷静になって考えてみれば滑稽なほどなのだが…親子は無償の愛だから、夫婦はもちつもたれつの愛だから。だから、無償と有償の愛が交差する家族は…それは「東京タワー」の後半かしらね。
 

 

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2007年04月24日

「花だけつける木なんて、考えてみれば変わった奴だよ。」と思いながら、私は、ピンクの花束を枝々につけ、風に揺れている桜の木を眺めていた。それから数日、ややあって、花ははらはらと散りはじめた。散りゆく桜を眺めながら、日本人でよかったと心から思う。そして、先日の突風で一夜にして桜はその季節を終わらせた。始まりがあって終わりがある。人生も出会いも仕事も、そんなことを季節の一瞬に凝縮して見せてくれるのが桜だ。と、感傷に浸っているまもなく、私の愛する桜の季節が過ぎると、非常に現実的に、私には花粉症の季節がやってくる。桜のあとは洟垂れ小僧の私である。

 先日来よりずいぶん人々に優しくされ、恐縮しているのですが、私はいたって元気です。実際、私に会った方々はあまりに私が明るいので、気が抜けた方もいらっしゃったかもしれません。町でお見かけして笑顔を交わしてくださる方もいて、それは心温まるひと時で、こうして色々な人たちと言葉を交わし心を交えたことが、貴重な経験で、それが今の元気とつながっていると思います。強いとかしっかりしているとかという声も聞こえてきますが、それは私をその時々に垣間見たある一面で、見方を変えると、それが強情だったり、わがままだったりするわけです。また、接する人によっても、相手の心もちによっても、違った自分になったりします。人間は複雑でいとも簡単に心模様が変わってしまうものです。どんな状況でもどんな人にもしっかりと自分を保っていられる人、そんな人が本当に強い人というのでしょう。だとすると、わたしはまだまだ、修行が足りなくて、強い人には程遠い人です。私がいい笑顔でいられるのは、きっと、接してくださった方たちが優しい心だったからだと思います。私は、小さい頃からそういう人たちに恵まれて育ちました。「自分ならこんなに人にしてあげられないだろう」そう思える人がたくさん私の周りにいました。私が唯一自分を自慢するとするならば、その人たちのようにはなれなくても、そのことに気づいて感謝できたことかもしれません。

 影響を受ける人ではなく、影響を与えられる人になれたらそれが本当の大人なのでしょうが、いつまでたっても大人になりきれない子供であります。子供に言われて「そうだねぇ〜」なんて感心しているようじゃ、まだまだ洟垂れ小僧ですな。。。
 
 

 

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2007年04月10日
 みなさん!お元気ですか?

 この3ヶ月、私は、たくさんの人のお世話になり、たくさんの人にお会いしました。色々な所に行き、連れて行っていただき、また、行かせていただきました。色々なお話を伺い、たくさん勉強して、つらいことも、楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、信じられないくらい一遍に経験しました。

 福光にきてから20年以上経ちますが、私の知らない福光がたくさんありました。南砺市の旧八町村もこの3ヶ月で何回も訪れて、20年ぶんを一度に経験するくらい見ることが出来ました。見るだけでなく、いろいろな人と会い、話を伺ったことは大変勉強になりました。人と人が出会って、縁ができ、円になって輪になる。それがとても大切だということを身にしみて感じた3ヶ月でありました。自分ひとりだけでこの世の中は回っていない。ひとりでは何も出来ない。でも、だからこそ自分のできることから一つずつやってみて、それが人を呼び、だんだん形になっていく。そんな民間パワーがたくさんありました。それに行政が絡んでさらに形に力をつけていく。そんな方向性を勉強させてもらうことが出来ました。本来なら、わたしのようなものが接する機会のない経験でしたが、思いがけず、立候補者の妻という立場から多くを学ぶ機会を与えられました。無駄にすることなく糧にしようと思います。

 私たちは覚悟でのことでしたが、子供を含め親族は大変な思いをしたと思います。それにも関わらず多くの方々が裏方で働いてくれました。それに加え、近所の方や自治振興会の方を巻き込んでたくさんの方に身を粉にして動いていただきました。そして、自分のことのように泣いていただきました。最後のお礼まではと、気を張り詰めて行動していた私も、支援してくださった女性の方と抱き合ったとき、涙が溢れてしまいました。同じ釜の飯を食った仲間と言いますが、この選挙を通して初めて出会い、意気投合し、ともに苦楽を味わったからでしょう。投票前に泣くのが選挙の王道なのに、終わってから泣くのは、まったく選挙の素人です。が、不器用でも正直に信念を通すことしかできない私たちでした。私の力となって支えてくださった方たちと抱き合って泣いたあと、二十歳を迎えたばかりの長男が私の手をとって、「ぼくが車で家に連れていくから」と言ってくれました。『あ、息子と手を繋いでいる。何年ぶりだろう…』小さい頃手を引かれていた息子が、私たちの手を引いて、見送ってくれている方々に深々と頭を下げてくれました。

 本当に多くの方々につらい思いをさせてしまいました。でも、この経験はわたしたち家族にはよい経験になりました。無駄にせず、しっかりと前を見据えて謙虚に歩んでいこうと思います。本当に有難うございました。 

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2007年03月27日
 ここ富山県ではとんと地震にお目にかからない。だから、先日止まった車の中にいた私は、突風が吹いて車が横揺れしたのかと思ってしまった。実家の東京では小さい頃から震度4ほどの地震は日常茶飯事で、学校でも地震訓練などが頻繁に行われていた。最近は富山での暮らしが長いので、すっかり地震というものを忘れてしまっていた。災害はまさに忘れた頃にやってくる。

 富山県ではさほど被害がでなかったが、隣県の石川県では震源地の能登を中心に、全半壊が144棟、2200人が避難したという。昨日も、今日もここ富山県でも余震が続く。日本はどこでいつ地震がおこってもおかしくない国である。阪神淡路大震災では、「まさか、阪神で!」という驚きが大きかった。東京では常に地震がいつおきてもおかしくないという危機感がある。私は地下鉄でおきる地震がこわくてミニライトを通勤バックに入れていたが、地下鉄ではそういう場合の想定は十分になされているそうである。だから、実は危機感がない地域が一番怖いのである。

 私の小さい頃は関東大地震や東海大地震が叫ばれていて、地震対策はこの地域が熱心だったように思う。だが、ここ富山県でも、数年前から学校に筋交いをいれるなど、日本全国で地震対策が行われるようになってきた。住宅の耐震強度偽装問題がクローズアップされたことも国民の地震への感心を強いものとした。

 で、私の家でも、出来る地震対策をしてみた。食器の下に割れ物の梱包材を敷く。これだけで食器がずれて落下することを防ぐそうである。阪神大震災では頭の上をたんすが飛んだそうである。だから〜、寝室にはなるべく下敷きになる高い本棚などは置かない。さらに、天井の下敷きにならないようベッドの隣に強い机を置く。ガラスが割れて足を切らないよう、靴やスリッパを置く(靴下をはいて寝るのがいいそうなんだけどね)。冷蔵庫は倒れないよう天井まで箱を積む。食器棚の扉は輪ゴムでとめる。など、など、災害用備品以外にすべきことは多い。

 快適な暮らしに慣れた私たちに、忘れたころにやってくる災害は本当に大変です。「トイレの水が困ります」という能登の人たち。飲み水ほど切迫した問題ではないけれど、トイレが壊れた時は、本当に昔、むか〜しのトイレが恋しくなります。災害用にいくつか地域に作っておくといいのかしら?簡易トイレといのもあるけれど…「地震がおきたなら…」と考えて身の回りの点検が大切ですね。

 地震は、大変でいいことばかりじゃないけれど、心配してくれて、メールや電話をくれた人たちの温かい心が嬉しいね。

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2007年03月12日

 三月に入っていきなり冬のような日が続く。三月といえば、三寒四温。次第に春になるもの、それが、2月が春で3月が冬とは…『雪が降ってやっと普段どおり』なんて声もあるけど、やっぱり、ちょっと変だよね。

 先月、2月27日は私の誕生日でした。人生とは不思議なものである。必ずしも自分が望む方向に進むとは限らない。22年前、私が富山の福光にお嫁に行くと決めたとき、会社の後輩は、「私なら考えられませんよ〜今の彼がそうだったら結婚できませ〜ん」と言った。「そんなものかしら?」と、あまり、深く考えないのが私の常。「山がいつも見られるなんて、毎日観光地にいるみたい!」と主人の友人に言っていたのだから、お気楽なお嬢さんであった。主人の実家が商売をやっていることも、「それなら、サラリーマンと違って、仕事も一緒で寂しくないじゃない」と、いたって楽天的に思っていた。とんでもない!富山の人たちはものすごくタフで、勤勉で働きものである。それを、気づかずにしているから、これまたすごい!のんびりさんの私には未だに真似が出来ない。


 物語の終わりのように、「そして、幸せに暮らしました。」を夢みていた私は、現実に戸惑った。いつも一緒にいられると思っていた主人は、360日何かに駆け回っていた。はじめのうちは、「忙しいのはいつまで?」と殊勝にも聞いていた。「春祭りが終わる春まで?」「そうだな…」ところが、夏になると、七夕祭りがはじまり、「七夕が終わるまで?」「そうだな…」

 そのうちに秋が来ようと、冬が終わろうと忙しいのは終わらなかった。何で忙しいのか聞いても覚えられなくなったので、聞くこともしなくなり、360日は家にいない人というのに慣れるまでに20年近くかかってしまった。こんな人生のはずでは…という思いから、ここ数年でやっと、人は与えられたその時その時をを心静かに受け入れて、自分の最善を尽くすしかないのだと思える心境になれた。人生にはマイナスもあればプラスも必ずあるもので、いつも他力本願の私が、家のことと子供のことはほとんどすべて自分で出来るようになった。お嫁に来たときは、ただただ、平々凡々に暮らしたいと思っていた私が、今はたくさんの人の中に行き、多くの人と日々出会う。

 草むしりとかが好きな私は、今でも、伸びた我が家の垣根を見ると、はやくのんびりと枝を切りたいと思ってしまう。いつも、枝の剪定をしてもらっていたのは、なかまのおじいちゃんである。足を悪くしてからも何度か来てもらっていたが、足の怪我が禍してめっきり体が弱り亡くなってしまった。剪定の真似事をするわたしが、「一番弟子になれる?」と聞くと、おじいちゃんは、「おおぉ、うまいもんじゃ」といつも誉めてくれたものだ。そういうお付き合いが私は好きである。考えてみれば、どう暮らそうと、どういうふうな人生を送ろうと、人とどのように接するかは同じであるかもしれない。人の優しさにふれたとき、私は自分まで優しい人間にしていただいたような感謝を感じる。 

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2007年02月26日
春のような陽気が続く。例年の2月ならこの厳しい季節は、やがてやってくる春の足音に耳を澄まして、じっと耐えている月である。なのに、この陽気である。


「はるよこい、はやくこい、歩きはじめたみよちゃんが、赤い鼻緒のじょじょ履いて、おんもへ出たいと待っている♪」

 みよちゃんは赤い鼻緒のぞうりを堪能したことだろう。

 全世界的なこの温暖化、クーラーを家に常備しない欧州では、夏の暑さで死者まで出るという。地球規模で不気味な暖かさである。そして、もう、だいぶ前のことになるが、リアルな竜巻の夢を見た。

 東京都心のマンションの窓から私は外を眺めていた。雨模様である。私は雨が好きである。雨の日に外にいるのは難儀であるが、家の中で感じる雨の気配は好きである。眼下には都心の込み入った家並みが見える。細い道が筋のように走り、街の明かりが夕刻の迫る町並みにキラキラと輝き始めていた。

 するとマンションの広い窓ガラスの左側に、どす黒い雨雲が現れた。折りしも、雷鳴がとどろき、穏やかな雨模様は一変していた。窓の左前方に現れた雨雲の塊はものすごい速度で右に移動し始めた。自然の芸術を見るような感動でわたしはそれを眺めていた。だが、しだいに感動はかすかな恐れに変わり、やがて、とんでもない事態の前触れを予感させる恐怖へと変化していった。

 「ねえ、大変!逃げないと…」ことの重大さを言いながら確認しつつ、私は振り向いた。そこで、はじめて母と姉の、いたってのんびりとした姿を発見し、夢の中で、自分が実家のマンションにいることを認識したのだった。

 「車は、私が出すわ!」と叫び、母と姉を連れて家を飛び出した。

 火事になるかも…という考えが頭をよぎったが、命より大事なものはない。すべて燃えて無くなったとしても、命があればいいではないか。何も持たずに車に乗り込んだ。 

 車は順調に走りだしたので、わたしはやや安心して、渋谷のスペイン坂に通じる車道で車を止めた。道には大して車も走っておらず、慌てて逃げる人の姿もなかった。だが、目前には、さらに巨大化して今にも街全体を飲み込まんとする竜巻があるのだった。

 それにしても、この街の人たちはあまりにものんびりしている。起きつつある事態がまだ現実のものと受け入れられず、どうしたらよいのか分からずにいるのだろうか?動作があまりにも緩慢である。

 『そうだ、日本では街を飲み込んでしまうほど大きな竜巻などは実感がないのだ。ああ、竜巻の進路から外れなくては…進路を読み間違ったかもしれない…』と思いながら、いずれパニックとなるであろう人々を眺めた。

 そこで、夢から覚めたので、私たちは助かったのか助からなかったのかわからない。だが、起きて朝のニュースを見ると、アメリカで起きた竜巻で数人の死者が出た悲報が伝えられていた。

 日本時間では私が夢を見る前に起きた事件であるから、私の夢は予知夢ではない。しかし、この温暖化からくる異常気象は、私の夢が予知夢となってもおかしくないのが、不気味である。

 わたしは最近よくレジ袋の代わりになる買い物袋を持参する。スーパーの籠にすっぽりとはまるこの袋はとても便利である。買った物を袋に自分で入れ替える手間と時間が省けるし、ポイントをためると百円と交換してくれるところもある。また、ノーレジ袋運動をしていないところでも、レジで感謝をされる。人々の意識が高まってきた証である。以前は、恥ずかしくて使えなかったすっぽりとかごにはまる買い物袋(5年くらい前に購入したもの)も、今じゃ何の違和感もなく使用できるようになった。いいこととわかっていても、気運が高まらないとなかなか実行できないものである。それにしても、古き良き時代には買い物籠なるものが買い物の常備品だったのある。母=買い物籠「三丁目の夕日」だったのである。

 何はともあれ、巨大竜巻に襲われないためにも、まずは気づいたことから、地球温暖化対策である。


 



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2007年02月13日
おはようございます。

 12日のつもりが12時過ぎて、次の日になってしまいました。深夜営業では夜でも「おはようございます!」って、元気に挨拶するそうです。あいさつで人の心は変わるものです。ですから、まずは、あいさつからですね。「あいさつ」「礼」から始まる武道が人間を育てる「道」であることがよ〜くわかります。

 高校生である我が家の二男、読書の宿題は「国家の品格」だそうです。「うちにある?」と聞かれました。「ん〜、あったけど誰かに貸して今はどこまでいったやら〜?」自分で買いましょうね。みなさん。

 
さて、話は変わりますが、11日は利賀に行ってまいりました。今の時期利賀といえば、そば祭りですよね。今年は雪がすっかりありませんが、利賀はやっぱり利賀スタイル?ということで、しっかり長靴、手袋、今年初めて着るダウンのコート、大丈夫かな?この格好と心配しながら車に乗って走るうちに、見る見る雪景色、道の脇の雪こそ去年とは比べものにならないくらい少ないですが、やっぱり利賀やね〜!長靴がこんなに頼もしく思えたのも今年初めてでした。

 かまくらの交番の中に立つおまわりさんと婦警さん。「平和な国にっぽん」日本は本来こうであったのです。ちらちらと雪が舞い、雪化粧した木々の山が闇の中で美しく私たちを見下ろしておりました。「美しいにほん」本来日本はこうであったのです。

 日本の原風景を利賀に見たのでした。

 またまた話はかわりますが、変わって12日は我が家の長男の誕生日であります。この日をもって晴れて20歳、成人の仲間入りです。長男というのは何もかも初めてですので印象深いものであります。20年前の2月12日は木曜日でした。次の日は13日の金曜日、11日は建国記念の日で、出産が12日に殺到したのでした。11日は休日出産で費用が祝日扱いで高い!13日の金曜日はなんとなく避けたい、しかもその日は満月だったそうで(妊産婦の間で話題の種でした)、お金にシビア、ジンクスに敏感な女性陣はお産までもコントロールしてしまうのですね。女は恐るべしです。男性陣よ暮れ暮れも言動にはお気をつけあそばせ。

 冗談はさておき、某大臣の発言を、政治的には失言だと思いますが、あまり個人的には意に介しておりません。達成すべき数字ばかりを頭で追ったばかりに出た言葉なのでしょう。大臣的な発想であります。生理的に嫌悪を催す言葉ではなかったと思うのですが、私だけでしょうか?いずれにせよ、産めるのは女性ですから、少子化対策なら女性の意見に耳を傾けることから始めるのが得策でしょう。男性優位に物事を進めた結果が現代の助産婦の劇的な減少です。産むまでの苦しみも痛みも男にわかれといっても詮無きこと。助産婦さんがさすって痛みをわかって励まして、最終的には男性の先生がとりあげるにしても、この助産婦さんの与える安心感は男性医師には逆立ちしてもできないことなのです。

 男も女も女性の子宮から産まれたのです。そのことを忘れたらいけません。産まれた事への感謝、命を授かったことへの感謝、それを忘れたら、対策もへんな方向へ向かっていくでしょう。それは、某大臣の人間的資質を説いて止まない野党の方々も決して忘れてはいけません。20年前無事命をこの世に送り出せたことも感謝、感謝なのです。

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2007年01月29日
今月中ごろ私の妹が来た。ドイツ〜東京〜という経路で南砺市福光の我が家に訪れた。義兄が日本に一ヶ月ほど出張なのでそれにつらって(一緒に)来たわけだが、現在妊娠8ヶ月、2歳ちょっとの女の子がいる。訳あって実家でも母子家庭になってしまうため私が東京に行くことになっていたが、これも訳あってかなわず、結局来てもらうことになった。生まれる前からまったく間の悪い子である。

 さて、でかい腹と自我が目覚めてきたやんちゃっ子という組み合わせはなんとも厄介なものである。息災な老人より歩みが遅い。言葉を覚えて自己主張が出来るようになった2歳児は社会性ゼロだからひとつ事を運ぼうとしてもやたら時間がかかる。子供を産み、育てるという大変さの縮図のようなものである。少子化対策では、無料健診や一時金の支給がなされているが、これは、今育てている親にとっては助かるが、だからといって、では産みましょうにはならない。では、どうしたら子供を産みたいと女性は思うのか?それには、経済的・精神的な余裕が大きく影響してくる。仕事を持っていても、続けていても、たとえ婚外子でも子供を産み育てていかれる環境があれば女性というものは、実は子を産み育てたいものなのである。一時しのぎのお金では安心して子供を産み育てられない。

 昨年末同級生女6人で集まったが、子供の内訳は3人子供をもつ人が三人、子供0が二人、子供1人が一人で、平均すると出生率は1.7に満たない。子供が多い人は自営などの仕事のやり繰りに自由がきく人であった。これが夫婦共稼ぎのサラリーマンとなればそう簡単に子など産んでいられない。核家族ならなお更である。未婚の友人が既婚で子持ちの同僚についてこう言った…「そうまでして働かなくてはならないのかな?と思う。子供が出来たら…私なら仕事をやめると思う。」

 日本は、ずっと、女性は家を守り、男が外で7人の敵と戦うという社会であった。働きたい、でも、やっぱり子供を産んで育てたい、という若い女性が、悲鳴をあげながら外で働き、家を守り、子供を育てている。男性に理解を…といっても、「やっぱりお茶を入れてあげたいわ」と思うのが日本の女性の意識なのです。でんとすわって、「めし!」といえないのが日本の女性でしょ。「子育て中は仕事半分、子育て半分でいいよ。」という経済界の認識がまず必要です。子育て中の女性を育児勤務体制で雇っている企業には、税金の特別措置をするくらいの太っ腹を国に示してほしいですね。未来の日本を担う国の宝を育てるという大事な仕事があるのですから、これは大変な事業ですよ〜!

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2007年01月15日
先週1月18日は成人式だった。前日や前々日に式を
行った市町村も多かったが、どういうわけか成人式は荒れる日が多い。去年は大雪、今年は雪こそなかったが久々の冬型到来の日だった。これから社会の荒波に立ち向かっていく若者には最適の旅立ちである。
 
 はじめが厳しければ厳しいほど、後でどんな困難があっても「たいしたことないや!」と立ち向かう勇気も湧こうというものだ。しかし、それにしても夕張市の成人式は過酷なものだった。市からの援助は一切なく、若者たちは社会への第一歩から試練に立ち向かわなくてはならなかったのだから…援助してくださった方々に涙で感謝の意を述べ、抱負を述べる晴れ着姿の娘さんの姿は痛々しく涙をさそったが、人々への感謝の気持ちから成人としての第一歩を歩み始めたこの娘さんは、きっと心優しい人の痛みのわかる社会人に育っていくのだろうと、逃げずに試練に立ち向かっているその姿を頼もしく感じた。

 空手は十級から始まって、段を取ると、俗に言う有段者になる。空手の帯を聞かれて初段であることをいうと大抵の者がそれからどうするの?という顔をする。しかし、初段はまた一から始めることを意味する。「初め」に戻るのである。初心に戻り一からの稽古が始まる。

 日本人は大晦日に108の煩悩を除夜の鐘で洗い流し、一年の初め元旦にまっさらな赤子の気持ちで新年を迎えるという習慣がある。やり直しがきくという意味もあるが、「初心」に立ち返るという意味もある。人生において、何度でも、この「初め」に戻ることが意識的に出来る人は、謙虚と感謝の気持ちをもつことが出来ると私は思う。成人式は今まで自分が育てられてきたことに感謝し、社会人としての自覚をもつための国民の祝日であるが、成人式を終えた成人は、自ら成人の日に代わる「初心の日」を心に定めなくてはならないと、成人の日を迎えて反省した。  

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2007年01月01日
 明けましておめでとうございます。元旦コラムです。年賀状を今書いている私にはもってこい?賀状が届いていない皆様にこの場を借りて、「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。」などと不届き千万な自分を元旦早々反省しております。

 一日、一日、そして、あっという間に2007年です。元旦は国民の記念日の一つなんですが、『え、そうだったの?』って思ってしまうほど元旦は特別な日ですね。いいことばかりだった人は、また素晴らしい新たな一年が迎えられるよう、気を引き締めるいい機会です。人間いいことばかりはではありませんから、つらい一年を過ごされた方には心機一転のいい機会です。つらいこと、いやなこと、苦しいこともたくさんあります。それでも日が昇って次の朝が来ます。つらいことはまだつづくかもしれないけれど、それでも、新しい朝がくれば希望が湧きます。そうやって一日を生きていると、また、新たな一年の始まりがやってくるのです。元旦とはそんな特別な日です。

 「一年の計は元旦にあり」と申しますが、自分を振り返ってみると、一年の計どころか、足元を見て歩くので精一杯です。そして思うのは、人は人の中で生きているということです。気づいてみれば、私は趣味だけでも、書道、空手、ダンスと三つの団体に所属していて、どうして続けていられるのかと考えてみれば、共に歩んでくれる同士がいるからなのです。それぞれがその道において真剣で、趣味というには語弊がある真摯な態度で道を歩んでおられます。そういう方たちに背中を押される形で歩んでいます(今年もどうぞ宜しくお願いします)。

 この福光に来てもう20年が経ちます。右も左も分からないところから始まってもう、20年。東京で親、学校、社会に育てられ、そして、ここ福光にきてまた一から地域の人に、そして主人の両親、親戚、そして自分の子供に育てられた気がします。

 大晦日、家から歩いてすぐのうどん屋さんに子供とお昼を食べに行きました。田んぼに残る雪をつかんで子供たちが雪投げを始めました。下は中2真ん中は高1上はもう二十歳で社会人です。それが、雪球を作って、田んぼのどこまで遠く雪球が飛ばせるか競い始めました。大晦日、そして今日元旦と北陸にはめずらしい青い空。その青い空の中を白い雪球が宙を描いて真っ白な雪の田んぼに吸い込まれるように着地します。二男が長男がそして三男が互いに揶揄したり誉めたり…そんな三人のもう可愛らしいとは言いがたい男くさい男の子三人を「ああ、この子たちが自分の産んで育てた子供なんだなぁ」と眺めていると、乳飲み子の長男を連れてここにきてから20年が、つい昨日のようにも遠くのことのようにも感じられ、ふっと、幸せな気分になりました。きっと人の幸せとはこんな些細なことなんでしょう。世の中も人生も自分が計るように思い通りにはいかないものですが、人の愛を感じて自分も人に愛を感じられる素直な温かい心で新たな一年を過ごしたいと思う2007年元日です。

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2006年12月18日
 師走です。コラムを書いている場合じゃない!まして読んでいる場合じゃない!なんて思いながら、書いているわたし…読んでいるあなた…

 季節感のない昨今ですが、12月はなんとなく気ぜわしく感じます。連日忘年会で満腹中枢も物忘れ状態!「後悔先に立たず」とは飲みすぎた日の翌日のためにある格言ですな。食べすぎ飲みすぎには皆様くれぐれも気をつけてくださいね。

 このままコラムを終わらせてしまいたい気分にかられる野村でありますが、そこはぐっと我慢して1年の締めくくりのコラムを書かねばなりません(今自分を鼓舞しております)。しかも、次回は元旦がコラムアップの日です(やれやれ…めげそうだ)。皆様の心温まるコメントをお待ちしております。

さて、

 先日、久しぶりに高校時代の同級生で銀座で飲みました。銀座といっても、高級!じゃなくて、安価な居酒屋さんがいっぱいありまして、人もいっぱいであります。同じビルの中で1次会から2次会まで行かれるので楽かつお手ごろであります。年齢層も老若男女、今の時代は固定観念はなくなりつつあります。私たちのグループはおばさんグループですが、今じゃなんのなんの若い!やはり時代は変わりました。しかし、しかし話は救急車経験談やら病気経験談やら…。「あら、なんかこんな話ばかり…」「まだまだ、これがそのうち誰々さんがなくなった〜って話になるのよ。」んー笑えない。既婚未婚子供がいる人からいない人6人ほどの飲み会。でも、40過ぎれば人生色々です。どんな人生が一番なんて決められません。そんな考えも浮かばず、集まれば学生の気持ちのままで話ができます。それが同級生のいいところです。

 私たちの同級生には医者もいて美容のクリニックを開業した子もいて、こりゃツアーをくんで行かなきゃなんて半ば本気の話も出ていました。「友達からは高くとれない!って言ってたよ。」そうだ!そうだ!だって、いっぱいいろんなエピソードもってるもんね。「彼はよくゴミ箱にいれられてたね〜」「あれでも、イジメにはならなかったね。」「やった方の子がひんしゅく浴びたからね〜」なんて話はつきないのです。人生80歳とすればやっと半ば過ぎたばかりです。さて、さて、これからがチャレンジの年代だ。
   


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2006年12月04日
 裏庭に柿の木が二本ある。品種は水島と富有柿である。この二つの木は時期をずらして実が熟す。こってりした甘みの水島と、すっきり歯ごたえのある富有柿と味も異なる。初秋に水島、晩秋に富有柿、実も葉も落ちて干し柿が市場に出回る頃、みぞれまじりの北陸の冬が始まる。

 柿の木は最低限の手入れをしてやれば素人でも立派な実が収穫できる。庭にはこの他にリンゴ、みかん、梅、びわ、すもも、いちじくの木があったが、すももといちじくは枯れてしまった(果樹園かぁ〜!)。ある日すももに発生した毛虫に農薬をかけると、毛虫の回転ぶらんこができた。弱った毛虫が糸にぶら下がりながら何百と降りてきたからたまらない(ある意味壮観であったが)。柿にも今年は毛虫が大量発生したが、早めの処置で助かった。しかし、いちじくは木の中に虫が巣食うので始末が悪い。そんなこんなで、素人の私が手に出来る実は柿くらいである。梅もびわもりんごも食べれるような実にはなかなかほど遠いのである。だから、さすが農家の方はえらいと尊敬しながら食している私である。

 木の実でさえこんなものだから、人間様を育てるとなると、そりゃ手間ひまかかるわけである。ほっとくだけで死んでしまうのに、虐待までするなんてもってのほかである!それにしても、最近教育問題がクローズアップされている。一家言あるお歴々が教育再生についての首脳会談を行っているからなんらかの方向性と結論がでるのだろうが、一人の育てられた子として、一人の育てている母として教育問題についていうなら…
反省も含めて…

 まず第一に大切なのは、子供の毎日の生活リズムである(ここ、いたく反省!)。

 富山のどこかの幼稚園で子供の起床就寝時間、排便の有無、食事等生活の記録を園に提出させ、園ではしっかり運動させ園と保護者との連携をとった結果、人の話を聞ける子が増えたという。核家族が増え、夜型社会の現代でこれは結構難しい。だから、この園の取り組みは賞賛すべき素晴らしい取り組みである。是非、広めてほしい。最近気づいたが、富山県の映画館では条例に基づき、保護者同伴でも18歳未満のレイトの映画は見られない。子供の生活のリズムを守れない親が多いのである(また、また反省)。第一にと書いたがそれ以前に、言うまでもないが、愛情は必須である。

 私は初めて子を持つに至って、母親学級で学び、とても役に立ったし、心の支えになったと思うことは、「愛情をもって育てる」ということである。この当たり前の話をしてくださったこの講師の方は、なんらかの障害や問題行動をもった子供たちを更生させるカウンセリングのお仕事をなさっている精神科の先生であったが、哺乳瓶を枕で固定して赤ちゃんに授乳させることの弊害を強く説いておられた。そのことに気づいた親子が親子関係を修復するには、ほったらかした時間の二乗の時間がかかるそうである。14歳でも、赤ちゃんの抱っこから始めなくてはならないという。なくした時間を取り返すのは容易ではないのである。たまの枕授乳は仕方ないとして、つねにスキンシップなしのほったらかしの授乳がどれほど精神的に、ひいては脳に悪影響を与えるか、三歳までのスキンシップの大切さは計り知れない。愛情がスキンシップを生み、スキンシップが愛情を育むのである。

 「愛情をもって育てる」ということは、なにがあってもその子を見捨てないということである。その子のためならたとえ死んでも、殺されてもという気持ちの強さである。バスジャックした少年の母親が「私が説得しに行っても殺されるかもしれない。」と語ったという。だから、行きたくないとは言っていないが、そう言ったように報道されてしまった。私をも殺すだろうと確信してしまう母親の無念が悲しい。警察の判断で母親の説得を断念したのが真実のようだが、そうならない前に大切な何かを忘れてきたのが、この親子の悲劇である。

 結局、愛情がなければ痛いところにも目がいかないし、病んでいく。木だって同じ。虫がついてても気づかない。親の独りよがりの愛情ではなくて、子供が真っ直ぐに伸びていかれる愛情!これも結構難しい!簡単なこと、単純なことほど物事の基本で、これをしっかりやることが一番大切で難しいことなんだね。


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2006年11月20日
 1年前くらい、変な夢を見た。息子が首をつっている夢である。不気味なほどリアルでゾッとした。瞬時、「取り返しのつかない」が頭に浮かんだ。そして、深い絶望的な悲しみ…それから一縷の望み…まだ生きているかも、縄から首を離そうと足を持って上に上げた。背が低くて重くて…もどかしい…そして、目が覚めた。まるで今の世間を予兆したような夢だった。
 
 もう何十年も前、四谷でアイドルタレント飛び降り自殺があった。アイドル、しかも、四谷という人も交通も激しい都会のど真ん中での自殺は衝撃的に報道された。そして、そのあと青少年の後追い飛び降り自殺が続き、アイドルと報道が青少年に与える影響力の強さをまざまざと見せ付ける結果となった。そして、現在の連鎖反応は最悪である。自殺はいじめを告発する唯一の手段と思われてしまった。

 みなさんは、自分の「自殺」について考えたことがおありだろうか?真剣ではないにしろ少なからずあるのではないだろうか?「ここから飛び降りたら痛いだろうか?」とか「自分が死んだら…親が悲しむだろうな」とかをである。中学の時、席が近い男女四人組である日、「自殺するならどんな方法を選ぶ?」と話し合ったことがある。友達は苦しまない方法をあれこれ模索して最適な方法はなさそうだと一つを選べないでいた。私にどう?と話が向けられたので、私はちょっと考えて、「阿蘇山の噴火口に飛び込むわ!」と答えた。「勇ましいね。」と男の子にからかわれたが、理由は後に見苦しいものを何一つ残したくないという発想だった。今、中学生がこんな会話をしようものなら大事件である。でも、わたしたちはとても明るく「死」「自殺」というものを話し合った。そして、誰も自殺などしないという確信があった。いじめのないとても明るいクラスだったから「死」について語りあうことができた。

 あるときこんなエピソードがある。男女別れての体力測定のあと、勉強はできるが体が弱く物静かなA君がいない。聞くと、体力測定時、男子全員ががんばれと声援を送り、彼は頑張りすぎてぎっくり腰になってしまったという。呆れ顔の女子に、いたく意気消沈の男子生徒が可愛らしくも感じられた。そうかと思えば、女子が教室の後ろで騒いでいる男子生徒を「あれ何やってんの?」と見てみると、一人の大人しい生徒のバンツと見ようとみんなでよってたかってズボンをおろそうとしていた。「やめて〜」と叫ぶがみんな興じていて止めない。「バカじゃない」とあきれる女子に、やっと止めた男子生徒は押しくらまんじゅうのあとのような雰囲気である。「もう!ほんとやめてよね!」といってズボンをなおす大人しいM君も楽しそうであった。それが、イジメになってしまう今日が悲しい。

 この違いはなんなのだろう。たくさんの個性がある中で互いがそれを受け入れていた。受け入れて、受け入れられていたから安心感があった。連帯感があった。そして、何よりも他人の心を想像する力があった。それが欠如しているのが今の若者だというのなら、せめて、自殺をしようとしている若者に言おう。

 自殺とはこの世で唯一の「取り返しのつかないこと」なんだよ。他のことなら後で、なんでも取り返しがつくけどね。そして、その「取り返しのつかないこと」を自分の愛する人の心に、その人が生きている間中残すことなんだよ。それがどんなに苦しいことか、想像してごらん。それでも、愛する人は生きていかなくてはならない。取り返しのつかない悲しみを抱えながら…


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2006年11月06日
おはようございます。
れい子の書き下ろしコラムの時間です。

(:^^)

書き下ろし?へへ…今から書くんです。

 2週間ってあっという間のような長いような…北朝鮮問題では北が兵糧攻めにギブアップ!えらそ〜に六カ国協議に復帰しましたね。でも、日本をはずせ〜とか息巻いています。強気に出られるのは日本くらいってことでしょうか。言わせておきましょうね。

 さて、2週間も経つと、いろいろな問題が勃発?いや発覚するらしく、ここ富山県高岡市で始まった話題の履修漏れ問題は連日全国放送され、『熊以来じゃないの、いいことで全国放送にならないね。』との嘆きの県民の声が聞こえたりします。この問題に関しては、高校側擁護の意見もかなり聞かれます。受験戦争を見直す流れで、ゆとり教育が出てきて、それが学力低下で見直され、また、この流れに戻りつつあります。一見無駄や遠回りに思える勉強が実は応用力のある社会人を育てます。しかし、現実は学力重視です。点がとれなくちゃ先に進めない。高校ではそんな余裕がないのが現実です。そういう遠回りな教養は大学で学ぶ機会はたくさんあります。ただ、一見、無駄な勉強に労力を費やし、やる気を起こす学生がいるかどうかが問題です。要領よく勉学する習慣づいた学生が大学に入るや否や、自分を高める一見無駄に見える学問に勤しむかどうか、甚だ疑問です。勝ち抜くことのみに比重が傾きすぎると、あらゆる弊害がおきます。その弊害に目をつむって突き進むと、あの忌まわしいオウム事件のような若者が生まれます。学問の世界自体ひいては社会自体がゆがみます。


 受験だけだはありません。こういう現象はあらゆる競争社会で起きます。本質を見失ってしまうからです。山だって車で登ればすぐ頂上についてしまいます。でも、山登りの意味はありません。目的に向かっていくときには、何を自分が得たいのかを心に秘めていなくてはいけません。弊害のみをあげつらい、競争自体を否定してしまってもいけません。本当の意味での頂点に向かって切磋琢磨することは、学問のみならず、あらゆる分野でその世界自体を高めていくことになるのです。

 牛歩で頂点がほど遠い私が力説してもあまり説得力がないですけどね…寄り道、遠回りが大好きな人って魅力的な人だと思いますよ。

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2006年10月23日
 
ライス米国務長官 「すごく出来る頭の切れる女性だよ〜」 息子うなづきながら「顔(眼光)に表れているよ…」確かに怖いほど…

前回のコラムから2週間がたちました。あれから…北朝鮮問題の輪郭がだいぶはっきりしてきました。歴史が動いているのを感じます。それで、れいこの勝手な一問一答をつくってみました。あくまでも「勝手な…」ですのでご勘弁くださいね

なぜ今北朝鮮は核実験をしたの?
 北朝鮮が求めているのは米朝2国間協議です。中国やロシアはアジアにおける覇権問題から北を潰さないから怖いのは米です。米が本気になればイラクのフセインのように圧倒的な軍事力で北はひとたまりもないのです。今なら、イラク問題を抱えている米は北に軍事力を使えません。核保有国であることを米に、国際社会に顕示する絶好のもしくは最後の機会と思ったのです。

中国にとって北朝鮮はどんな存在

 潰せないならず者です。麻薬密売、人民元の偽札まで作る。しかも、北が潰れれば、難民が北になだれ込み、自国の民族間の不満にまで飛び火しかねない。自国の安定までもが危機に瀕します。しかも、今回のことで中国の面目は丸つぶれです。国際社会での中国の影響力を示し名誉回復したい中国です。ですから、ライス国務長官の中国訪問にあわせて北に中国のエースを送り込み北にお灸をすえるという効果絶大を狙ったパフォーマンスをしました。大いに意義ありとのたまう中国側と、驚くべきことはないじゃないと冷めた見方のライス国務長官。実際は金融制裁を止めないのに六カ国協議に戻るなんて考えられないとする北側の意思はは固く、北の核問題は膠着状態ですね。

 
んで、ロシアは? 
 中国ほど深刻ではないですが、北を潰すのは自国にとって利益はありません。今は経済制裁に足並みを揃えていますが、いつ裏切るのかわからないのがロシアです。米に2国間協議をしろなどと言っていやがらせをしています。余談ですが、プーチンは筋金入りの狸ですから、北問題のみならず、北方領土問題も原油開発問題も気をつけないといけません。エリツィン、ゴルバチョフの自国的には失敗政策時の契約を反古にするつもりなんですから。

核を保有する?
 核保有問題論議で中川昭一氏が槍玉にあがってましたね。某番組でT氏が「論議はあるのかないのか?」と畳み込むように質問したのに対して、いい加減そういう言い方止めてよね〜といった顔の中川氏の『論議するのまでいけないとは言いません。』のような発言がありました。それが、まるで核保有賛成論者のように取り上げられました(政治家が曖昧な言動に終始し、明言を避ける理由が分かる気がします。)ライス国務長官はこれを受けてか、日本は米国の核の傘の下で守られることを強調しました。安倍氏も非核三原則にかわりないことを明言しました。日本が核を保有することは日米安保条約の解消を意味しますからこれは日米としてははっきりしておきたかったことでしょう。六者間(六カ国)の利害が一致するのは北の核保有阻止です。経済援助が核開発につぎ込まれていたことは明白で、中露などは核に対して技術協力までしていました。が、北の核保有宣言を許すわけにはいきません(矛盾しているよね)。六カ国間の経済制裁は当然の成り行きです。抑止力としてのみ核を使う文明国に核を持つ資格が認められています。その資格は誰が判定するのか?資格云々に関しては甚だ疑問が残る話ですが、国として認められない国が核を持つことは恐怖なのです。今明らかに北朝鮮はその資格なしと烙印されました。


米朝2国間協議になぜ米は応じないのでしょうか?
 米にとって今米朝対話をすることになんの得もないからです。米は北に対してすべき経済制裁はしてきました。2国間協議において米にカードは残されていません。米にとって外交力がカードです。米中の経済は今好調です。中国にとって崩したくないラインです。イラクの核問題で国連安保理の中露の協力を得られなかった米も、北に関しては中露に協力させることができたという事実をイラクに波及させるというプラス要因もあります。ライス国務長官が米朝2国間協議には応じず、各国を走り回っているのはそのためです。

核問題は困ったもんだけど…意外とプラス?
 そもそもこの北問題は日米関係にとってはプラスに働いています。平和時では問題となる基地問題もすんなりいくからです。北という脅威があってこそ米は大義名分をもって日本をアジアの基地とできるのですからです。そしてプラスといえば、安倍内閣にとってもまんざらこの問題はマイナスではありません。北に対して強硬路線をとってきた安倍さんの内閣支持率をあげるにはプラス要因です。政権を握ってなんぼですから。このプラスはあくまでも不幸中の幸い?でしょうか。

あ、韓国

 韓国について忘れてましたね。韓国は太陽政策ですから、日朝間でなにかあれば北朝鮮に見方をします。ですが、北の核武装は日本以上に危機です。この太陽政策については韓国世論からやっと(日本側からはやっとですよ)反対の声が上がってきています。次期政権交代は免れないでしょう。米韓関係でいえば韓国も米の核の傘で守ってもらう立場です。南北統一に向けてどれほどの力量があるのかは疑問です。

 さて、日曜日は朝9時からNHKで日曜討論。東京大学からは藤原帰一教授、慶応大学から小此木政夫教授、拓殖大大学院から森本敏教授、実践畑からは遠藤哲也氏と頭脳明晰な方々が北朝鮮問題について討論しておられました。とっても分かりやすく。しかし、最後に問題の「周辺事態」の認定に関しては3対1で意見が分かれました。「日本の平和と安全に重要な影響を与える日本周辺の地域における事態」が周辺事態です。そこまでいたってないという方々が3人、もう十分に周辺事態だという方が1人でした。周辺事態という切り札をまだ使うべきではないという意見と、事が起きたら実際何もしないわけにはいかないでしょうという意見が述べられました。臨検に際して戦争を勃発するような事態は避けるべきという見解は一致していましたが、不測の事態に日本がどう対応すべきで、何が出来るのかはわかりませんでした(少なくとも私には)。時間がなかったせいもありますが、現在、日本には法整備がないのでそれが必要だという見解は一致したようです。今にでもその事態が起きそうなときにこれですから…国会でもすったもんだするんでしょうね。

 北の経済状態は最悪で暴君の圧力も揺らいできた感があります。国際的に見て、ここ1年は進展はないでしょうがいずれ大揺れがきそうです。どんな形で?どのように?それはわかりません。その時歴史が動きます。それまで国際社会は北の核に目を光らせる義務があります。

以上玲子のじーじーコラムでした。

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2006年10月09日
 本日、秋晴れ、体育の日。私が福光スポーツデーのボランティァでペタングに精を出していた頃、なんと、北朝鮮は地下核実験を行っていました!

 困ったものです。ですが、これで北朝鮮は四面楚歌の状態です。限りなく友和的だった韓国も、大手を振って北朝鮮を応援できなくなりました。経済制裁を行ってきた日本とアメリカには、中国、韓国に足並みを揃えさせる絶好の機会でもあります。「窮鼠猫を噛む」恐れのある北朝鮮ですが、なんとかいい方向へと国際社会が進んでくれることを祈るばかりです。日本は原爆を落とされた唯一の国ですからね!ノーモア広島!

 北朝鮮の拉致問題で国民的支持を受けた安倍新内閣。そのせいか、スタートから北朝鮮がらみのニュースが多いです。一気に拉致問題も解決してしまったらいいのにと、横田さんの親心に心を痛めてしまう私は勇み足になるのですが、政治の世界はあせらず、騒がず、忍耐が必要なようです。親心で総理大臣は行動してはいけない。国民を守る義務として総理大臣は行動するのである。一見同じようで同じでないのです。「私」を滅して、「公」に尽くす。「至誠」の人。それが一国の長となれる人なのです。

 安倍総理大臣の明言しない歴史見解や靖国問題に明快な発言を求め、批判するマスコミが多い。が、国益に反する発言はしないと決めている安倍総理大臣から明快な見解を引き出すのは難しいでしょう。国益に反する発言はなんと非難されようともすべきではないのです。時に狸のように周りを化かしながら、理想の結果を導くために緻密な計算をする。国際社会は古狸の化かしあいです。その中で腹の底をさぐりながら、友情を築き、信頼関係を構築する。なんせ狸同士が築いた信頼関係ですからいったん結束が出来れば固いのです。さあ、安倍さんはアジアで狸同士の固い友情を築けるのかな?

 それにしても、至誠の人が狸だなんて皮肉です。政治の世界もちょい悪おやじが求められているのね。

 

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2006年09月25日
 
ニュースにあんまり反応を示さない息子が、「え〜!どういうこと?」って驚くから何かと思ったら、東京地裁の「国旗国歌」判決だった。
 
 東京都立高校の卒業、入学式に教職員に国歌斉唱を義務付け、強制するとした都教委の通達や校長への職務命令に、涙を流し反抗した教師たち。国歌斉唱には口を閉ざし、起立しない教師。厳しい処分に屈して屈辱的な想いで起立する教師。そういった一連の出来事を踏まえて(なんだろうね)、都教委の強制は思想良心の自由を侵害するとした判決が出た。

 オリンピックで、武道で自然と国歌斉唱をしている息子には理解不可能な教師たちの振る舞いである。

「なんで?先生が起立しなきゃならないところで起立しないの?歌わなくちゃならないところで歌わないの?」ごく自然な子供の反応だ。都立高校の生徒たちは混乱しなかったのだろうか?

 私は子供の頃「右」も「左」も漠然とそういう思想の存在を学んではいたが、先生方はご自分の思想もあったのだろうが、実に子供の前では中立を保っていた。柔らかい心を柔らかいまま育てていただいたと感謝している。だから、いまだに「右」とか「左」とかで思想を片付けてしまう傾向がきらいである。しかし、この判決については子供に説明しなくてはならない。でないと、我がままが思想良心の自由だと思われてしまう。

 そこで、国旗国歌が軍国主義と結びついてしまう理由や歴史的背景を説明した。特に国を信じて子供たちを戦地に送り込んだ先生方が敗戦後自分たちの教えが否定され、精神的なダメージを受けた話をした。この点に関しては、私は同情的である。しかし、それ以降の先生方の拒否反応はトラウマだと思っている。最早国旗国歌は軍国主義に結びつかない。いや、結び付けてはいけない教育をすべきである。思想良心の自由という言葉はなんと魅力的で綺麗な言葉であろう。言葉はこれだから怖いのである。その点に関しては子供が自分で判断すべきことだと思っているが…

 「国旗国歌」が軍国主義思想ときれいさっぱり縁を切れない国なのさ。という説明に、息子は不思議な顔で、「それじゃ、オリンピックやワールドカップは?国歌斉唱するし、国旗に起立するじゃない?軍国主義
なわけ?そんなわけないじゃない!」

「普通の感覚だわ。」と私は思う。普通の感覚が実は一番大事だと思う。安倍新総裁は実に普通の感覚を大事にされる方だと思う。だが、それが「ナショナリスト」とか「右より」とかで色別されてしまうことは悲しいことだ。自分は普通で、傍目にも普通だと判断されるっていうのが実は一番難しい。


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2006年09月11日
 
 朝優しく「ねえ、起きて。」と耳元でささやく。
優しい天使のささやきで快い夢心地から目が覚め…


 「起きなくていいの?」「うんんん…」「?」「今日、部活でなぁい?ないの?」「ない。。。」「ほんとにないの?ないのか、あるのかちゃんと起きて!」「ないっ!」

 「今日、部活ですが…」「は?ないと…」「予定表にも書いてあります。」「…行かせます。」

 「ぎぇ〜!『ない』なんて言った記憶ない!」

 
これこそが夢であって欲しいと思う瞬間である。

 愛する人を優しく毎日起こす…優しく起こされて夢から覚める僕…これも夢である。。。。。

 さて、日本は夢から覚め、現実をしっかりと見据え、強く美しい日本を築きあげることができるだろうか?

 ぶっ壊し屋の小泉政権が終わりを告げようとしている。ものの見事にぶっ壊し、その壊しっぷりに大拍手の小泉首相だが、男たるもの何かこれだというものを創り上げて終わりたいものらしい。郵政民営化はそのぶっ壊し男の公約。自身のカリスマを武器に刺客まで送り込んで成し遂げた。是非は歴史が審判を下すというところだろうか。それにしても、彼は幸運の持ち主。天下は取にいくのではなく待ち受けるものなのか、最後まで運が尽きなかったことはすごい。それ以外は、経済音痴だし、さして戦略や構想があったとも今になってみれば思えない首相ではないか(そこらの小娘に言われたくない?でしょうが)。歴史的汚点になりそうだった皇室典範の改正についても、イエスマンを揃えた有識者会議で大義名分をつけて、無理やり押し通そうとしたが、これも、ただのぶっ壊し屋で終わりたくないという意地を通そうとしたのか?それが、小泉首相にとってはラッキーなことにコウノトリの出現であっさり見送り。妊娠2ヶ月での報告だから、本当の有識者のあせりが皆さんにもお分かり頂けよう。何はともあれ、無事歴史に大きな汚点を残さずに任期を終えようとしているのだから目出度い。

 さて、日本にとっての正念場はこれからである。更地にどのような日本国家を打ち立てるのか、確固たる国家構想がなくては次期首相にはなれない。そして、侮れないのが世論の力である。「みなさんと共に創り上げていきたい!」

 本心であろう。そのような世論になりえるのか?これもまた、これからの日本を形作る鍵となる。


 話し合ってやろう。話し合ってください。という関係ではなく、あちらから一歩前に出て話し合いに応じていただく。という安倍氏の姿勢は国対国のもっとも自然な関係ではないだろうか。

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2006年08月28日


          ちょっと涼しいかも… 

 盆を五日ほど過ぎたころから、やっと朝晩涼しい風を感じるようになった。日本の夏の風物詩とも言える選抜夏の高校野球も駒大苫小牧と早実の歴史に残る試合で幕を閉め、佑ちゃんフィーバーが熱帯低気圧みたいに日本列島に停滞中である。ハンカチ王子はどこに行ってもカメラに追いかけられ、黄色い声援を受け、高校3年生にして大変な思いをしていることだろうと推察するが、あくまでクールで謙虚な笑顔を浮かべて、これがまた人気を煽る原因となっている。

 それにしても、「現実は小説よりも奇なり」である。あまりにもドラマチックな最終回であった。すんなり早実が勝ちを決めるかと思いきや、なんと佑ちゃんの少し高めに浮いたボールがバックグラウウンドに吸い込まれていく。ホームラン!「へぇ〜!しかも、最後の相手は駒大苫小牧のピッチャー田中君!」出来すぎのシナリオではないか!これが小説あさのあつこのバッテリーなら臭すぎる筋書きになるところだが、現実なんだから文句はいえない(誰も言わないけどね)。結果は皆さんご存知の通り、クールな佑ちゃんもこのときばかりはナインに向けてほえるような男らしいガッツポーズ。最後の1球は大きく体が前にのめり込む渾身の投球であつた。クールダウンのキャッチボール時にはじめて実感が大きく湧いたのか、目に浮かべた涙がまた感動を誘った(というか女心をくすぐるのよね。黄色い声の原因かも…)。

数々の高校生ヒーローが生まれる夏の高校野球。高校生といえばまだ社会の入り口に立ったばかり。将来有望の青年であるからこそ、彼のこれからを危惧する声がある。山あり谷ありの長い人生をどう乗り越えてどのように生きていくのか、若きヒーローには野球の実力に対する期待と同時に、人としての生き方を見せてほしいと期待する声が上がる。どちらも若者には肩の荷が重い話であるが、そこはそれ、クールに自分のペースで前を一歩一歩踏みしめていってほしいものである。



    北海道旅行、函館の話は?   次回ね。たぶん…


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2006年08月14日
  長雨が明けて一変して真夏。今になってみれば寒かった北海道旅行が懐かしい。まだ2ヶ月しか経っていないのが嘘のようだ。6月の北海道は気温16度、夜になると寒くて組んだ腕をこすり合わせてしまう。

 富山から千歳空港、旭川、話題の旭山動物園を駆け足で通り抜けて、社員旅行の四人組は一路札幌へ、目指すは「すすきの」。すすきのは言わずと知れた歓楽街、大きな通りにびっしり高いビルが並ぶ。通りの広さとビルの高さは銀座に似ている。飲食店や風俗店、街頭には呼び込みの声が響く。北の果でやはりこの光景はすごい。予め調べておいた店を、地図を見ながら探す女二人が地図とビルを交互に見上げながら歩いていくと、ナンパされるのは女性陣と離れた男性陣ばかり(なぜ?)。自然と男性陣をガードしながら歩く女性陣である(逆でない?)。途中「Kさんうしなかした(訳はかまどやさんのレッツ・スピーク福光弁を読んでね)事件」が発生したが、ほどなく保護。「さては、計算ずくの迷子?」なんてからかわれながら、無事すすきのの夜を堪能した(たらふく食べて飲んだってことですが…)四人でした。


 すすきので札幌の予定をすべて終えた感のある四人組みであるが、ふとホテルの部屋を見回すと、「中島公園散策のご案内」というパンフレットが置いてある。ホテルのスタッフが案内してくれるという。「その計画のった!」ということで朝の公園をのんびり散策することになったのだが、どうやら札幌のホテルで始めたばかりの取り組みで、ホテルのスタッフの方も案内初挑戦とのこと。スタッフの方のどきどき感をちょっと意地悪く楽しみながら、雪の重みで倒壊してしまった茶室や、明治13年ホテルとして建てられた豊平館などを散策して、ガイドブックに載っていない観光スポットに得した気分なのでした。雪のない大通公園や人だかりの札幌市時計台は車の中からサーっと眺めて、「見た?見た?見たね〜!みんな見た〜ね!」「ハイ、ハイ!」の一本締めで札幌観光は終えて(こういうところはやたら息が合う)、「さあ、函館行くぞー!」と元気な四人だが、札幌から函館まで車で約7時間かかるのだ。行きたいところを線で結んだだけなのに、北海道はやっぱりでっかい。

 北海道を地図の通りに辿って地図の上を蚤のように移動しながら、四人は函館を目指すのでした。「7時間の道のりに何があるの〜?」「ん〜長万部でかにめし」「おしゃまんべ」「ナハ、ナハ」分からない顔の若者若干一名。「オールナイトニッポン〜♪」

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2006年07月31日
 北海道旅行の話から、書道家の平田鳥閑先生に脱線しての2話目である。(北海道開拓の父をもつ平田先生の毎日新聞北海道版のエッセイ「書のひととき」38話39話の「生死一如」から)

 水田農家の平田先生のご実家では、正月に一族が全員集まり書初めをするのが慣わしであった。大人から字を覚えたての幼児までというから驚きであるが、電気も娯楽もない農家の唯一の娯楽であったという。『嫌だという子を煽てたり賺したりして書かせるのが親父の権威であった。』という氏の言葉に現代人が失ってしまった「家・家族」のあり方が偲ばれる。

 さて、1975年86歳になられ老衰で床に伏しておられたお父上は居間の片隅に床を移しておられ、寝ながら長兄が継がれた平田家の伝統行事である書初めを眺めておられた。いよいよ最後にお父上の番となったとき、さすがに書く気力がなく首をよこに振られたが、鳥閑先生は嫌がる父上を抱き起こし、後ろから抱きかかえて何でもよいから書くように促したという。そのときお父上が暫し考え、渾身の力で書かれたのが、「生死一如(しょうじいちにょ)」である。ご自分ひとりがこの作品をもらうことをためらわれた先生は、更に嫌がるお父上を奮い立たせ、兄姉の分4枚を書かせたという

 鳥閑先生は、高神覚昇の「般若心経講義」を草書と変体かなの練習を兼ね草子紙に書いており、それに興味をもったお父上に送っていた。その中の「生死一如」である。「書のひと時」にある解説は長くなるので端折るが、『…人は生を喜び死を恐れる。それでよい。生を喜び死を悲しむ自然の大きな流れに順応すればよい。「生死一如」と諦め(諦観)、それに囚われないことが肝要である。…』とある。禅問答では私には皆目理解できない「生死一如」であるが、鳥閑先生のお父上は心素直にこの言葉を反芻していたのではないかと思う。


 1975年6月3日午前に父危篤の電話がかかり、先生が駆けつけたところ「お前よく来たな。今夜一晩わしを介抱してくれ」と存外元気に言ったという。その横で長兄が今朝お前に手紙を書いた後、急に意識が混濁したという。臨終のくだりは先生の「書のひととき」から抜粋しよう。

 その日の夕方、「煙草に火をつけてくれ」おいしそうに煙を大きく吐き、「起こしてくれりょ」と。兄貴と私が両脇を抱きかかえ起こした。その瞬間、ガクンと首を垂れた。6月の太陽が西の山の端に沈んでいった。

 「書のひととき」にはお父上の末期の書であるはがきが載っていた。そこには「早く来るよう願、仲次郎」と、はがきの紙面いっぱいに、飛ぶように大らかな文字が躍っていた。

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2006年07月17日
「寒いのと暑いのとどちらが得意?」と聞かれたら、暑いと汗が出るより真っ赤になってしまう私は、ためらわず「寒いの!」と答えたいのだが、冬は暖かい部屋から出たくなくて動きがにぶく、しもやけができる冷え性なので、「暑いのも、寒いのも…ちょうどいい快適なのが得意!」と答えてしまって、すごく我がまま者みたいなのだ。お見合いの席なら失言だろう。まじめに考えすぎただけなのに、正直者は損をする。

 北海道の冬は本土のものには想像がつかないくらい寒い!昔、北海道出身のバイト仲間がすごく寒がりで、北海道のくせにとみんなになじられてこう反論していた。「北海道では冬はがんがんにストーブ焚くんですよ。だから家の中では冬でもTシャツ1枚です。東京の冬は寒くてしょうがないですよ。」と、それを聞いて羨ましがる本土の者たちに、「でも、夜ストーブが消えると、朝は自分の吐いた息で布団がカチカチに凍っているんだよなぁ〜」と本当に嫌そうに付け加えた。世の中いいことばかりではない。北海道の人はよく凍死しないなぁと感心したものである。そんな北海道の地は開拓の地である。

 書道家の平田鳥閑氏は昭和7年生まれである。昭和5年初冬に一家は岐阜県から渡道し、翌年は冷夏で収穫皆無、農家でありながら米を買って糊口をしのぐ食糧状態であったそうだ。「荒漠たる雪原に茅屋一軒。吹雪轟然と天地を覆い、雪煙が舞い大地を揺るがす朔北の厳冬。正に地の涯と慨嘆するのみ。(「書のひととき」より)と氏が記す厳冬の地なのである。ご一家の苦労は想像を絶するものであっただろう。

 その氏の奥座敷に、「黒身赤無」という書額が掛けてあった。「陽焼けし黒くなって働けば赤字はない」という意味なのだそうだ。氏のお父上の書で、写真で拝見してもどこの有名な書家が書かれたのかと思うくらい力強く達筆な書である。私は一見して、鳥閑先生の書だと錯覚してしまったくらいだ。農業一筋の決意のこもった書を眺めながら氏は育ったという。書家ではない小学校も満足に卒業していないという父君の書と、その書が少年であった先生に与えた目に見えぬものに、飽食の時代の私は身が引き締まる思いがする。

「黒身赤無」なんと働くということの原点に戻った言葉であろうか。現代なら、「黒腹黒作」といったところだろうか。このお父上が年老いて床につくようになって、やがて寿命も尽きるというときのお話がまた壮絶である。が、それは、また次回。

*つたないわたしのコラムより、毎日新聞北海道版「書のひととき」をそのままお読み頂くのが最良と思われるのであるが、興味のある方は御自分で入手してください。

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2006年07月02日



 旭山動物園に動物たちのお休み時間を伝えるアナウンスがなり、猛獣館に急ぐ四人組みである。始めに迎えてくれたのがトラ、そしてその隣がライオンである。トラとライオンは透明の壁で隣り合わせになっており、雌ライオンはトラの行動に警戒怠りない。働き者の雌ライオンに比べて雄ライオンはのんびりしたものだ。雄の役目はテリトリーを侵害する敵を排除することだから、本来これは雄の仕事では?と思うのだが、いざという時迄立ち上がらないらしい。そんな事態が起ころうはずもない動物園では雄ライオンはただ飯食いである。子孫繁栄というお役目が残されているが、雌もかなり高齢のようで子ライオンお目見えというビッグニュースは当分ありそうにない。数年前のサファリパアークではあったと記憶するが…そうこうしていううちに雄ライオンもトラもさっさと寝床に入ってしまい、最後まで警戒して寝床に入りそうになかった雌ライオンもとうとう出前持ちのふたのような扉から入ってしまい、檻はもぬけの殻になってしまった。次のヒョウの檻はすでに空っぽ。チーターの肉球が下から見えるという上にせり出した檻見上げながら、空の檻を虚しくカメラに収め、はたと気づくと誰もいない。「置いて行かないで〜!」と慌てて次に向かうと、何やらたくさんの人の気配。「なに?なに?何がいるの〜!」と勇んで向かうと、K父さんがポツリと「只今熊さん、子作り真っ最中。」「はあ、春だもんねぇ〜。」と的を射(得)ているのかいないのか分からないコメントを発するわたしである。他に見るものなく、仕方なく檻の前で多くの人が言葉なく真っ黒な巨体の熊たちを眺めている。微妙な反応の人間と相反し堂々とした熊。動物にとって子孫繁栄は自然の営みである。動物園の動物たちは檻の中で捕らえられて可哀想だという考えに、旭山動物園の小菅園長はこう述べる。「…彼らは命というものを分かっています。子どもを産んで育てる。それだけのために生きているんです。…(動物園は)リスクなく生きていけるし、必ず繁栄の機会を与えられる。だから彼らは動物園に不満なんかないんです。…」(至知6月号より)それでも、なにか気恥ずかしくなる人間たちである。写メで重なり合う熊さんたちを撮っていた女性は連れの男性に罵倒され、その声になぜか余計に人間としての気恥ずかしさを意識してしまうのでした。


 結局、後はもぬけの殻館を見学した私たちは無事動物園を後にするのでしたが、せっかくですので、この動物園のすごいところを紹介しましょう。この動物園は、今でも変化し続けています。チンパンジーの森は今年夏オープンです。こども牧場もリニューアルが進んでいます。市営のこの動物園が成功した理由…それはこの動物園が飼育員の夢から始まっていることです。市営ですと、まず、予算から始まってしまうのが常です。せっかくすばらしい夢があっても、「市には予算があるのです。国からの補助金も厳しい折…」などというあまりにもっとも正当な言い分に泡のように消えてしまうのが夢です。夢には現実不可能な莫大な資金が必要なものもあります。実際、旭山動物園にも費用がかかりすぎて実現できていない夢計画がたくさんあったそうです。そのような夢を一笑に付して潰してしまうか、夢を現実に近づけて実現させるのか、そこが、運命の分かれ道です。自分たちの仕事に情熱を持ち続けた飼育員たちと、夢を理解し、夢を語り合える新市長が旭川市に就任したことが旭山動物園、旭川市の運命を変えたといえるでしょう。

 さて、6月3日は富山県展の入選発表の日でした。この日書で出品しているわたしは、会場で開かれる書道連盟の講演会に伺う予定でしたが、その講演の講師の方が北海道富良野市出身で、旭川市とも縁の深い平田鳥閑先生でした。先生の父君ご一家は昭和5年の初冬岐阜県から開拓途次の北海道に渡られました。後日、毎日新聞北海道版の「書のひととき」の抜粋を読ませていただき、深い感銘を受けました。先生講演の日に、旭川をわたしが奇しくも訪れていたことに感謝して、次回はすこし回り道をして、平田鳥閑先生のお話をいたしましょう。北海道は開拓の地であったことを私たち4人組はすっかり忘れていました。

                            つづく

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2006年06月18日
北海道はとにかくでかい!「北海道の1センチをなめたらあかん!」のだ!超小企業社員旅行四人組み旭川〜札幌〜函館2泊3日のひたすら走り(車で)ひたすら食べる旅が始まった。

富山空港(ここで胃薬を忘れずに買う)から千歳空港に降り立ったのがお昼、昼飯抜きで目的の旭山動物園にレンタカーで直行しても園に着くのが三時半!なのに、旭川ラーメン村でラーメンを食べる予定を立てるツアーコンダクターこと私。
しかし、有難いことになんの不服もない社員たち(言えないのか?)はICに立ち寄って、「揚げたこ焼き、カレーパン、ウインナーソーセージ、コロッケ〜」などと、てんでばらばらに注文(時間ないんだよ)。しかも、私は、コロッケはもう揚げたの残ってないのに頼み(ツアコンの自覚なし)、更に心優しいICのおばちゃんたちは冷めたカレーパンとソーセージは揚げなおしてくれる。結局、コロッケの方が早く出てきて、(新じゃがだー!「自信」のトマトジュースも主婦感覚では決して普段買わないけど、超うまい!)などと優雅に感激している私だが、あせる必要もない!私を除いて喫煙者の皆さんはのん気にいっぷくしているからだ。動物園には閉園前に着くのだろうか?と一抹の不安が今になって湧くのだった。

 さて、旭川市はこれといって何もない静かな町。こじんまりした家すべてに、これまたこじんまりした煙突がついている。6月の北海道は16度という快適な気温だが、冬の厳しさを思わせる光景だ。その旭川市にあるラーメン村は十数件のラーメン店が集まった建てもので、1分で村を一周できる。結局、「富山にもあるよ、山頭火」と言いながらも、北陸であるのは富山だけなんて富山はすごいジャン!などと感心しつつ、とんこつ味の北海道ラーメン(だよね?)を堪能し、旭山動物園に着いたのはなんと閉園30分前(正確には入園制限時間30分前)。「間に合ったじゃん!良かったね〜」とのん気に発言するツアコンこと私の横を、「楽しかったね〜」「次はどこ行く〜」などと会話しながら去っていくカップルと入れ替えにどこまでもマイペースな四人組みは入園した。

 この動物園は市営であるのに飼育員たちの工夫で全国から来館者が後を絶たないという大成功を収めた話題の動物園。はじめに入った鳥園で、池に浮かぶ白鳥たちの美しい白さが私たちの目を引く。薄汚れている感じがない。巨大な網が張られた鳥の楽園に人間がお邪魔するという鳥園なのだ。優雅なオデット姫を発見した私は黒鳥も発見して、すっかり白鳥の湖の世界にワープしたのだが、誰にも相手にされず、次のペンギンへ館へと向かう。水槽内にトンネル状に作られた通路は最近の水族館ではよくあるが、頭上をペンギンがピュン!とジェット機の如く飛ぶ様は、よちよち歩きのペンギンをイメージしていた我々の度肝を抜く。順路を教える標識もそれぞれの動物が愛らしく「こっち→」と指差して教えてくれて微笑ましい。「あれを家に持って帰りた〜い!」とだだをこねる子は私以外にいなかった。

 人間をアザラシにみたて、円形ドームから顔をのぞいて白熊を見るしかけのある白熊館では、今では慣れっこになって騙されない白熊に一生懸命愛想を振りまいている人間たちを外からウォチングするのも一興だ(自分たちもやっているんだけどね)。その白熊の大好物であるあざらし館では、円形の筒にあざらしが上からプカー、下からプカーと目の前を行き来する。そして、海辺に見立てた屋外ではウミネコの名のとおり、「みゃー!」とけたたましく鳴く海鳥の声を、波打ち際でうっとりと潤んだ瞳のあざらしが聞き入っている。その前を潜水してきた大振りのあざらしが背面ターンで大波を立てて去っていく。大げさなパフォーマンスに人間さまが嬌声を上げていると、小船の向こうから時折プカっと顔を上げて様子を伺うあざらしがいる。
その「うっとり、どどーん、ぷかっ」の3セットがウミネコのけたたましい声をアクセントにしてゆったりと続く。海辺の風情。いつの間にかあざらしの日常に溶け込んでいる私たち人間がいるのだ…

 そうこうしているうちに動物たちのお休み時間を知らせる放送が園内に流れ始める。一部の動物は夕方早々に寝に入ちゃうんだよね〜分かっていたけど、はやく寝るのは誰なのよ?今になってちょっと慌てだす四人組み…つづく

 

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2006年6月5日
 ここ数年、わが社の社員旅行は国内です。以前は「国内より海外に行った方が 安い」という理由から、プチ海外旅行でしたが、サーズやら鳥インフルエンザやらで、国内に変更したところ意外と好評です。鎌倉、横浜、沖縄と行きました。鎌倉や横浜は東京人ならいつでも行かれる距離ですが、富山県に住んでいて、しかも就職してしまうと爺さん婆さんになるまで一度も行く機会がなく、もしかすると一生行かないかも知れない所なのです。


「お金をかけず目一杯楽しむ」が旅行のモットーですから、ホテルと交通手段だけ押さえるといったオリジナル旅行です。行き先が決まれば旅行会社にパンフを持ってきてもらい、更に目的地を絞り込み、それにあわせてレンタカーやオプショナルの手配をします。海外や沖縄ではお金をかけたオプショナルを欠かすことは出来ません。サイパンでのスカイダイビング、タイのニューハーフショー、沖縄のシュノーケリングなどです。それ以外はちょっとの工夫で結構楽しめます。



横浜のホテルまでわざわざフェリーを利用するとかです。東京にも日の出桟橋から船が各方面に出ていますが、デートなどで利用してみてください。パンフやガイドブックにはメジャーなところやお薦めスポットがしっかり出ていますが、旅行会社で組んである企画は盛り込み過ぎで分刻みスケジュールが多く、質より量の企画が多いものです。ですから行きたい所を更に絞り込み、移動中にある寄り道ポイントを探してそれをエッセンスにして楽しみます。食事もお金はかけません。「現地のものを現地の人の気分で食べる」のを楽しみます。好き嫌いはこのさい返上です。ゲテモノ食い大歓迎です。

好評の第4弾は北海道の旭川市旭山動物園、札幌、函館となりました。食べ歩き(車で移動ですが)の旅です。旭山動物園はさすがに、30過ぎ独身男子社員のT君に「動物園なんだけど…」と遠慮がちに打診したところ、「いいよ、話題のとこでしょ?」と言ってもらいました。「北海道くんだりまで行って、なにも動物園に行かなくても」と女友達に去年一蹴されたのですが、この動物園に関しては次回にいたしましょう。T君には来るべきデート(新婚旅行かも?)の下見にする、ということで許してもらおう。

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2006年05月22日
 現在、教育基本法の改正論争が盛んである。「愛国心」ひとつとってみても、百年論議しても結論が出そうにない。「愛国心」とう言葉が醸し出す右翼的な匂いや、教育現場におけるが戦争肯定のシンボル的言葉だったニュアンスは今や声高には語られない。君が代アレルギーや国旗アレルギーが「愛国心トラウマ」からくることには言及せずに、教育基本法の「愛国心」という言葉ひとつにとらわれ、長い議論の時間を費やすとなれば、なんとももったいないことである。

 先日、感情を抑えられない「きれる子供」の研究を脳科学からするTV報道を見た。それによると、きれない子供にするには「じゃれ遊び」が効果があるそうだ。人に飛びついたり、抱きついたり、ぶら下がったり、というじゃれ遊びタイムを取り入れている園では、思いっきり興奮状態で自分を発散させることと、時間がくればさっと止めて片づけをするという冷静状態をつくることで、自分をコントロールできる脳が育つそうである。


 私は幼稚園に行くと、一番に先生の所に飛んで行って、先生の足に自分の足を乗せ、手をつないで歩いてもらった。家では布団にかけるシーツの端をもって膨らまし、マシュマロのように膨らんだシーツの上に姉妹できゃっきゃっと言いながら乗っかって遊んだ。夏休みの田舎のうちではちゃぶ台を片付けて広くした座敷で従兄弟のお兄ちゃんたちと相撲ごっこをした。向かっていっては投げられ、ひっくりかえされ、それが面白くて従兄弟が「まいった」と言うまではしゃいだ。そういう思い出は私の宝物だ。それが私を寛容にしたのか、うちの三人の男の子の泥あそびは泥投げ遊びになり、雨が土砂降りなら、石垣の上から流れでる雨水は子供たちのシャワーになった。子供たちの心から楽しむ姿は見ているものまで幸せにする。

 じゃれ遊びを行っているこの園のような地道な活動こそが教育の基本である。教育に関する問題点は万とある。言葉では解決しないものばかりである。しかし、今回の改正は議論することによって問題を喚起するよい機会とはなるだろう。そして、それが現場で生かされれば…

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2006年05月08日
「人は見た目が9割」という本が新潮新書からでている。どきっとさせられる題である。(@_@)「やっぱり人は容姿?」「いや、容姿がすべてじゃない!でも…」などと女性ならずとも本書を手にとってみたくなる。まあ、何のことは無い。この本でいう「見た目」とは「言葉以外の情報」すべてをひっくるめて「見た目」と捉えているのであって、その能力・人格が「見た目」に表れるという、ごくごく万人が納得済みのことを前提として述べられている。安堵しつつも、少し拍子抜けするが、この言葉以外の伝達に関して興味深い記述も多いから一読をお薦めする。例えば「目を見て話す」秒数と親愛度、男女の違いなど実用?できる記述が多い本である。



 私はエッセイなど気晴らしに読むのが好きであるが、内館牧子さんの「愛し続けるのは無理である」(講談社)という本を立ち読みしていたら、ある章に合コンについての記述があった。女性はいい結婚相手との出会いを求めて(#^.^#)合コンに出るが、男性の目はあきらかに容姿の良い女性に向けられる(-_-;)ということを肝に銘じよ、合コンとはそういうものであるという内館さんのきつい助言が述べられていた。前出の本のあとにこれを読むと、「やっぱり見た目(・・?」と頭を捻りたくなるが、合コンとかいう場に関しては百歩譲っても見た目の勝ちである。しかし、人生毎日合コンなわけじゃない。男性にとっては遊び感覚の合コンに悲観する必要も無い(ToT)/~~~。内側を磨かない人の外側のメッキはすぐに剥げちゃうわけで、男性だってこれは同じこと。というより女性以上に人格や度量が問われるのが男である。

 味があって魅力的な人は「つくり」以上の「見た目」を備えるものである。「人は見た目が9割」の著者のいうように、言葉がたとえ7%であっても、私にはその魅力も見逃せないが、言葉は心と裏腹になりやすい危うい情報である。残りの93%の「見た目」で人は判断されるものなのだろう。それでも、容姿もよくて内面も磨いている人にはかなわないと思っちゃうあなた!人は千差万別。味のある人になりましょう。「その味好き!(*^^)v」って言われるようにね。

 それにしても、私の持ち味ってなんなんだろう?(^0_0^)

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2006年04月24日
 いよいよ南砺市のコラムとしてオープンです。いいふく3のときから読んで頂いている方もこれから「なんと-e.comをのぞいてみようかな?」という方も、どうぞよろしくご愛顧のほどを。


 さて、なんと-e初のコラムだというのに、野村はめちゃめちゃ疲れています。なぜかというと、今日23日空手道の大会があったからなんです。三試合正味6分ほどですが、くたくたです。空手の試合は2分間です。それまでに2本決まれば勝ちですが、判定で引き分けになると1分から1分半の延長戦になります。日常のたった2分はあっという間ですが、空手のみならず、なにか勝負をかけた数分はべつもののようです。まずは緊張する自分との戦いです。そして、動き始めればもう、練習したことのほんの一部しかでないのですね。だから、また練習にもどるんです。


 何かに行き詰っているとき、人は何をすればいいのでしょう。自分が変わりたいとき、どうしたらいいのでしょう。ただ答えを待っていても何も見つからない。そんなときは、私は何か動いてみることにしています。意識的にしているというより、勢いで飛び込んでいるといったほうがいいかもしれません。「虎穴にいらずんば虎児を得ず」は大げさですが、自分をそうしなくてはいけない状況に追い込むことは、そう悪いことではありません。その後で、いつもひどい目にあっているのも事実ですが、また、時が経てば何かしら自分の糧になっているはずと信じて…

 それにしても、あーひどい!もう、休ませていただきます。23日記
 (-。-)y-゜゜゜

開けて24日!快復しました。昨日は疲労で、頭痛と吐き気のなかコラムを書いたので、すっきとした頭で後日談!
 館長はじめ師範先生方は、私が対外試合に出るということで、「怪我をしたら…」とずいぶん心配なされたようです。「骨を拾ってやるからなー!」は冗談ではなかったんですね。二試合目は175cmほどある女性で、そのなが〜い足から威力のある蹴りがくりだされたのですから、「死ぬなよ〜れいこ〜!」というお気持ちだったようで、三試合目は、「もう、怪我をしないうちに…」というお気持ちだったようです。それでも、力づけてくれた同輩や「死ぬ気でいくから、後はお願いね〜!」と心から言える指導者がいるからこそ出来たことなのです。
 感謝!

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プロフィール
の村れい子
 メタボには縁がないけど、メンタルボケ…いまだに、中学生といわれることには、複雑な心境…高校生でなくて、中学生…小学生といわれるよりまし?20年前には小学生の母だったからじゃりんこチエがお母さん?ってこと?以上の説明で私が想像できる人はEQの高い人です。
趣味:背筋がのびること三つ(さあ、考えてみて?)

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