南砺の山の中で、一人つぶやく
なんと-e.com公式ブログ「なんとコラム」
2007年10月08日
平スキークラブで、クラブ通信を出すことに。
1ヶ月半ほどかけて、編集作業をしてきた。
名前は、「ラスキー通信」。
ネーミングの由来は、
平スキー場のキャラクターの名前から。
たいラスキー場・・・だから。
発行はおととしに続いて、2回目。
えらい間があいてしまった。
隔週とか隔月ならよくあるけど、
隔年って、どうよ?
まあ、去年はクラブ創立50周年の記念式典やら
記念誌の編集やらインターハイの準備やらで、
それどころじゃなかったけど。
その分、内容は盛りだくさん、カラー版でお届け!
平の皆さん&スキー関係者の方々、
近日中にお届けしますので、お楽しみに〜。
1ヶ月半ほどかけて、編集作業をしてきた。
名前は、「ラスキー通信」。
ネーミングの由来は、
平スキー場のキャラクターの名前から。
たいラスキー場・・・だから。
発行はおととしに続いて、2回目。
えらい間があいてしまった。
隔週とか隔月ならよくあるけど、
隔年って、どうよ?
まあ、去年はクラブ創立50周年の記念式典やら
記念誌の編集やらインターハイの準備やらで、
それどころじゃなかったけど。
その分、内容は盛りだくさん、カラー版でお届け!
平の皆さん&スキー関係者の方々、
近日中にお届けしますので、お楽しみに〜。
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2007年01月12日
昨年末はなかなか雪が降らず、
ちっとも冬らしくなりませんでした。
しかし、年末から徐々に寒くなりだし、
最近ようやく冬らしい景色を
目にすることができるようになりました。
たいらスキー場も12月30日からリフト運転を開始し、
雪を待ちわびたスキーヤー&ボーダーが
楽しそうにシュプールを描いています。
今年は南砺市でインターハイスキー競技が
開催されます。
今日までたいらスキー場と
たいらクロスカントリーコースでは、
インターハイ予選を兼ねた
高校総体スキー競技が行われ、
高校生スキーヤー達がオフシーズンからの
練習の成果を競い合っていました。
たいらスキー場では高校総体にはじまり、
県選手権・県体など、
富山県の主要大会の多くを開催し、
競技用としての傾向が強いスキー場です。
そのため、一般スキーヤー、
特に初心者やファミリーの方々には
難易度が高いと思われています。
確かに上級コースは小さい子供さんや
初心者の方には危険が伴いますが、
斜面の緩やかなコースもありますし、
ファミリーの方にも十分楽しんでもらえると思います。
スキーやスノーボードは、重力によって滑り、
曲がるスポーツなので、実は緩斜面ほど
ターンが難しいのです(まっすぐ滑るのは簡単ですが)。
ちょっと勇気を出して中級コースに出てみると、
最初は少し怖いかもしれませんが、
心地よいスピードを体験できると思います。
ある程度上達して自信が持てるようになったら、
高校生チャンピオンを決めるコースに
チャレンジしてみるのも、面白いかもしれません。
今の時期はパウダースノーが体験できるのも、
魅力ですね。
でも、準備運動は十分に行い、
ケガだけには注意が必要ですよ。
残り2ヶ月あまりのスキーシーズン、
今年はぜひたいらスキー場に足を運んでみてください。
地域住民の一人として、ぜひお待ちしています!
ちっとも冬らしくなりませんでした。
しかし、年末から徐々に寒くなりだし、
最近ようやく冬らしい景色を
目にすることができるようになりました。
たいらスキー場も12月30日からリフト運転を開始し、
雪を待ちわびたスキーヤー&ボーダーが
楽しそうにシュプールを描いています。
今年は南砺市でインターハイスキー競技が
開催されます。
今日までたいらスキー場と
たいらクロスカントリーコースでは、
インターハイ予選を兼ねた
高校総体スキー競技が行われ、
高校生スキーヤー達がオフシーズンからの
練習の成果を競い合っていました。
たいらスキー場では高校総体にはじまり、
県選手権・県体など、
富山県の主要大会の多くを開催し、
競技用としての傾向が強いスキー場です。
そのため、一般スキーヤー、
特に初心者やファミリーの方々には
難易度が高いと思われています。
確かに上級コースは小さい子供さんや
初心者の方には危険が伴いますが、
斜面の緩やかなコースもありますし、
ファミリーの方にも十分楽しんでもらえると思います。
スキーやスノーボードは、重力によって滑り、
曲がるスポーツなので、実は緩斜面ほど
ターンが難しいのです(まっすぐ滑るのは簡単ですが)。
ちょっと勇気を出して中級コースに出てみると、
最初は少し怖いかもしれませんが、
心地よいスピードを体験できると思います。
ある程度上達して自信が持てるようになったら、
高校生チャンピオンを決めるコースに
チャレンジしてみるのも、面白いかもしれません。
今の時期はパウダースノーが体験できるのも、
魅力ですね。
でも、準備運動は十分に行い、
ケガだけには注意が必要ですよ。
残り2ヶ月あまりのスキーシーズン、
今年はぜひたいらスキー場に足を運んでみてください。
地域住民の一人として、ぜひお待ちしています!
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2006年10月03日
近頃は夏の暑さがウソのように
過ごしやすくなってきました。
今年は残暑もあまりしつこくなかったと
思うのは、私だけでしょうか。
山々も、よく見ると少しずつ色づいてきています。
あとひと月もすると、紅葉が映える季節になります。
外に出歩くには、ちょうどいいシーズンです。
南砺市内のあちこちでも、
この季節はいろいろな“まつり”が催されています。
平では9月に麦屋まつり・こきりこ祭り・
和紙祭りが行われました。
私の住む下梨地区では、9月23日・24日に
麦屋まつりが行われ、
土日に重なったのと天気が良かったので、
たくさんの方にお越しいただきました。
今年は中央通でのバザーを任されたこともあり、
これまでとはちょっと違った視点で
祭りを見ることができました。
実行委員会の方々のご苦労、
警察・消防・シルバー人材センターなど
警備や交通整理に当たる方々の協力はもちろんのこと、
ボランティアとして運営に携わった
多くの人々の協力のうえで、
祭りが成り立っていることを実感しました。
また、これまでは獅子舞運営会・麦屋節保存会の
それぞれ一員として“出演”という形での
協力だったのですが、
事前の打合せから参加することで
いろいろな課題も見えてきました。
たかだか31歳の若造の感じることで、思慮が浅く、
短絡的なことも多いかもしれませんが、
ある本によれば、地域おこしは
“若者”と“バカ者”の力が不可欠だというそうです。
そのコトバを信じ、機会があれば、
提案していきたいと思っています。
私はどちらかといえば
“バカ者”に近いかもしれませんが(笑)。
過ごしやすくなってきました。
今年は残暑もあまりしつこくなかったと
思うのは、私だけでしょうか。
山々も、よく見ると少しずつ色づいてきています。
あとひと月もすると、紅葉が映える季節になります。
外に出歩くには、ちょうどいいシーズンです。
南砺市内のあちこちでも、
この季節はいろいろな“まつり”が催されています。
平では9月に麦屋まつり・こきりこ祭り・
和紙祭りが行われました。
私の住む下梨地区では、9月23日・24日に
麦屋まつりが行われ、
土日に重なったのと天気が良かったので、
たくさんの方にお越しいただきました。
今年は中央通でのバザーを任されたこともあり、
これまでとはちょっと違った視点で
祭りを見ることができました。
実行委員会の方々のご苦労、
警察・消防・シルバー人材センターなど
警備や交通整理に当たる方々の協力はもちろんのこと、
ボランティアとして運営に携わった
多くの人々の協力のうえで、
祭りが成り立っていることを実感しました。
また、これまでは獅子舞運営会・麦屋節保存会の
それぞれ一員として“出演”という形での
協力だったのですが、
事前の打合せから参加することで
いろいろな課題も見えてきました。
たかだか31歳の若造の感じることで、思慮が浅く、
短絡的なことも多いかもしれませんが、
ある本によれば、地域おこしは
“若者”と“バカ者”の力が不可欠だというそうです。
そのコトバを信じ、機会があれば、
提案していきたいと思っています。
私はどちらかといえば
“バカ者”に近いかもしれませんが(笑)。
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2006年08月23日
8月にはいったある日の夕方、
5歳の息子が「頭が痛い」と言い出しました。
普段から少々の風邪ぐらいでは極力医者には行かず、
寝て治るのを待つということをしているのですが、
今回はちょっと様子が違いました。
日中、妻のほうの祖父母に連れられて
海に行っていたので、熱中症の疑いがあったのです。
インターネットで調べてみると、
熱と頭痛、吐き気と、息子の症状とほぼ一致します。
さすがに水分を多めに取らせて寝かしつける
だけではまずいと思い、
夜間だったので小児救急センターに
連れて行くことにしました。
診断の結果は、いわゆる夏風邪、
ということでした。少しホッとして、
素人判断がいかに間違っているか、
専門家の意見を聞くことの大切さを感じました。
その数日後、私の体に異変が。
息子と同じ症状で、熱っぽくて頭痛がして、
少し吐き気をもよおすのです。
私の場合、熱中症でないことは明らかでしたが、
たまたま前日の夜、会合で少し多めに
酒を飲んでいたので、宿酔いかなあと、
軽く捉えていました。
でも、宿酔いになるほどは飲んでないはずなのに。。。
心の中で引っかかりつつ、
しんどいのを我慢して仕事をしていたのですが、
頭痛もどんどんひどくなり、
これは宿酔いじゃない、風邪だと気付いた頃は、
とても仕事どころではない状態でした。
(気付くのが遅い!)
その日、午後からテレビの取材があり、
対応しなければいけない予定だったのですが、
そんなことできる状態でなく、
仕事は家族に任せ、ひとりウンウンうなっていました。
結局、1日半寝込んでようやくよくなり、
仕事にも復帰できたのですが、31年間生きてきて、
こんなにひどい夏風邪は初めてでした。
よく、夏風邪は長引くといいますが、
今回は短期集中型で一気にきたぶん、
たいへんだったのかもしれません。
後日、知り合いにその話をしたところ、
その方も私と全く同じ症状で
1日半寝込んだと言っていました。
今年の夏の流行だったのでしょうか???
5歳の息子が「頭が痛い」と言い出しました。
普段から少々の風邪ぐらいでは極力医者には行かず、
寝て治るのを待つということをしているのですが、
今回はちょっと様子が違いました。
日中、妻のほうの祖父母に連れられて
海に行っていたので、熱中症の疑いがあったのです。
インターネットで調べてみると、
熱と頭痛、吐き気と、息子の症状とほぼ一致します。
さすがに水分を多めに取らせて寝かしつける
だけではまずいと思い、
夜間だったので小児救急センターに
連れて行くことにしました。
診断の結果は、いわゆる夏風邪、
ということでした。少しホッとして、
素人判断がいかに間違っているか、
専門家の意見を聞くことの大切さを感じました。
その数日後、私の体に異変が。
息子と同じ症状で、熱っぽくて頭痛がして、
少し吐き気をもよおすのです。
私の場合、熱中症でないことは明らかでしたが、
たまたま前日の夜、会合で少し多めに
酒を飲んでいたので、宿酔いかなあと、
軽く捉えていました。
でも、宿酔いになるほどは飲んでないはずなのに。。。
心の中で引っかかりつつ、
しんどいのを我慢して仕事をしていたのですが、
頭痛もどんどんひどくなり、
これは宿酔いじゃない、風邪だと気付いた頃は、
とても仕事どころではない状態でした。
(気付くのが遅い!)
その日、午後からテレビの取材があり、
対応しなければいけない予定だったのですが、
そんなことできる状態でなく、
仕事は家族に任せ、ひとりウンウンうなっていました。
結局、1日半寝込んでようやくよくなり、
仕事にも復帰できたのですが、31年間生きてきて、
こんなにひどい夏風邪は初めてでした。
よく、夏風邪は長引くといいますが、
今回は短期集中型で一気にきたぶん、
たいへんだったのかもしれません。
後日、知り合いにその話をしたところ、
その方も私と全く同じ症状で
1日半寝込んだと言っていました。
今年の夏の流行だったのでしょうか???
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2006年07月26日
※今回は、個人的な意見を述べさせていただきます。
賛否いろいろあると思いますので、
よろしかったらコメントをお書きいただければ幸いです。
関西にいた頃、五箇山の知名度が意外に低いことを
強く感じた経験があります。
『富山県の平村出身です。』と言っても
分かってもらえないのは当たり前で、
中には『富山って、あの飛び出たところ
(能登半島のことらしいです)やろ〜。』
と、勘違いしている人も。
そんな時は『富山県の知名度って、所詮こんなもんか。』
と、軽くヘコんだものです。
それでも、世界遺産に登録されている“五箇山”なら、
さすがに知っているだろうと思い、
『世界遺産の合掌造りのある五箇山の出身です。』
と言うようにしていました。
ところが、またしても私の自信を打ち砕くひと言が。
『知ってる!白川郷や!』
私の故郷の代名詞ともいうべき“世界遺産五箇山”は、
この程度しか認識されていないようです。
それどころか、白川郷の観光客ですら、
『五箇山って、何ですか?』とおっしゃる人もいるとか。
そもそも、ユネスコは五箇山(相倉・菅沼)と
白川郷(荻町)の、当時三村に点在する集落を
まとめて世界遺産に登録しています。
それなのに、どうして白川郷だけが有名になり、
五箇山は知名度が上がらないのでしょうか。
最近、白川村の観光関係の方々と話をする機会があり、
強く感じているのですが、一つは、観光業者の意識です。
決して白川郷全体が一枚岩というわけでは
ないようですが、観光で生きていくんだという
意識が強く、目先の客足が増えた減っただけでなく、
数年先を見越して長期的な活動をしています。
商売をする人間として、一枚も二枚も上手だと感じます。
二つ目は、行政(村)の取り組み方です。
観光業者が村を巻き込んでいるのもあると思いますが、
どうすればもっとたくさんの観光客に来てもらえるかを
真剣に考え、“世界遺産・白川郷”を
積極的に売り込んでいます。
また、情報をたくさん持っていて、
非常に勉強させられます。
ところで今、平地域では少子・高齢化が深刻な問題と
なっています。何をするにも人手の確保に苦労し、
一人でいくつもの役回りをしなければなりません。
今は何とかなっても、10年・20年先を考えると、
非常に不安です。
まず、若者が住み続けられる環境をつくること。
私は、そのキーワードが観光だと思っています。
白川村では、若者が村に帰ってきて観光業に就くことで、
今のところ少子化の心配はないそうです。
大掛かりな施設を建設しなくても、
世界遺産の合掌造りという非常に差別化された資産が、
五箇山にはあるのです。
そして、観光と親和性の高い産業もあります。
五箇山の産業を観光と結びつけ、
合掌集落・民謡とともに“五箇山ブランド”
を浸透させていくといった取り組みが
今以上に必要ではないでしょうか。
これまで、『世界遺産の五箇山出身です。』
と言ったとき、『知っている。』
と答えてもらえたことが、何度かありました。
そんな時はなんともいえず、嬉しいものです。
そんな人がどんどん増え、
『行ったことあるよ。いいところやね。』
と答えてくれる人がたくさんになってくれれば、
五箇山の観光も活性化し、
住んでいる人も活き活き出来るのではないでしょうか。
賛否いろいろあると思いますので、
よろしかったらコメントをお書きいただければ幸いです。
関西にいた頃、五箇山の知名度が意外に低いことを
強く感じた経験があります。
『富山県の平村出身です。』と言っても
分かってもらえないのは当たり前で、
中には『富山って、あの飛び出たところ
(能登半島のことらしいです)やろ〜。』
と、勘違いしている人も。
そんな時は『富山県の知名度って、所詮こんなもんか。』
と、軽くヘコんだものです。
それでも、世界遺産に登録されている“五箇山”なら、
さすがに知っているだろうと思い、
『世界遺産の合掌造りのある五箇山の出身です。』
と言うようにしていました。
ところが、またしても私の自信を打ち砕くひと言が。
『知ってる!白川郷や!』
私の故郷の代名詞ともいうべき“世界遺産五箇山”は、
この程度しか認識されていないようです。
それどころか、白川郷の観光客ですら、
『五箇山って、何ですか?』とおっしゃる人もいるとか。
そもそも、ユネスコは五箇山(相倉・菅沼)と
白川郷(荻町)の、当時三村に点在する集落を
まとめて世界遺産に登録しています。
それなのに、どうして白川郷だけが有名になり、
五箇山は知名度が上がらないのでしょうか。
最近、白川村の観光関係の方々と話をする機会があり、
強く感じているのですが、一つは、観光業者の意識です。
決して白川郷全体が一枚岩というわけでは
ないようですが、観光で生きていくんだという
意識が強く、目先の客足が増えた減っただけでなく、
数年先を見越して長期的な活動をしています。
商売をする人間として、一枚も二枚も上手だと感じます。
二つ目は、行政(村)の取り組み方です。
観光業者が村を巻き込んでいるのもあると思いますが、
どうすればもっとたくさんの観光客に来てもらえるかを
真剣に考え、“世界遺産・白川郷”を
積極的に売り込んでいます。
また、情報をたくさん持っていて、
非常に勉強させられます。
ところで今、平地域では少子・高齢化が深刻な問題と
なっています。何をするにも人手の確保に苦労し、
一人でいくつもの役回りをしなければなりません。
今は何とかなっても、10年・20年先を考えると、
非常に不安です。
まず、若者が住み続けられる環境をつくること。
私は、そのキーワードが観光だと思っています。
白川村では、若者が村に帰ってきて観光業に就くことで、
今のところ少子化の心配はないそうです。
大掛かりな施設を建設しなくても、
世界遺産の合掌造りという非常に差別化された資産が、
五箇山にはあるのです。
そして、観光と親和性の高い産業もあります。
五箇山の産業を観光と結びつけ、
合掌集落・民謡とともに“五箇山ブランド”
を浸透させていくといった取り組みが
今以上に必要ではないでしょうか。
これまで、『世界遺産の五箇山出身です。』
と言ったとき、『知っている。』
と答えてもらえたことが、何度かありました。
そんな時はなんともいえず、嬉しいものです。
そんな人がどんどん増え、
『行ったことあるよ。いいところやね。』
と答えてくれる人がたくさんになってくれれば、
五箇山の観光も活性化し、
住んでいる人も活き活き出来るのではないでしょうか。
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2006年7月11日
この2ヶ月間で、私はずいぶん消防について
詳しくなりました。
と言っても、他の団員(先輩)が100なら、
ようやく10ほどの経験と知識を得たに過ぎません。
消防に入って半年あまりの私などその程度で、
いまだにホースを巻いたことさえないので
偉そうなことはいえないのですが…。
7月9日、消防団の操法大会が開催され、
私は平方面団の選手として
ポンプ車操法の部に出場しました。
2ヶ月前の私は操法のソの字も知らないどころか、
基本的な礼式も全く出来てなく、消防署員の方々に
『気をつけ』『右へならえ』『まわれ右』など、
小学校か中学校の体育の授業の様な内容から
教えてもらい、練習を重ねてきました。
操法というコトバ、消防関係者の方なら
もちろんご存知だと思いますが、
2ヶ月前の私がそうであったように、
ご存知でない方は多いと思います。
何十メートルか先の的(火点といいます)を
いかに早く倒すか(もちろん、放水して)、
そしてその操作をどれだけ正確に行うかを競うもので、
南砺市はレベルが高く、激戦区だということです。
とは言っても、今年が初出場の私にとっては、
南砺市のレベルがどうこうなんて関係なく、
とにかくホースをまっすぐ伸ばす、
ムダな動きを減らすといった基本的なことを
繰り返し練習してきました。
練習の甲斐もあり、標準タイムも
クリアできるようになり、
少しは存在感をアピールできるんじゃないかと
期待をして、そして気合いを入れて大会に臨みました。
結果は8チーム中4位。
残念ながら目標にしていた3位には届きませんでした。
タイムではトップに3秒差の3位だっただけに、
悔やまれます。でも、競技を終えた瞬間、
これまで2ヶ月近く練習してきて、
その成果はきちんと出し切れたと確信しました。
消防の練習は、一人では出来ません。
ホース一つ巻くのにも、皆の協力が必要です。
なかなかホースがまっすぐ伸びず、
ホースの展長は特に繰り返し練習しました。
失敗するたび、申し訳なくて。。。
でも、やめるわけにもいかなくて。。。
とにかく、繰返して体で覚えるしかないと言聞かせて、
ホースを伸ばしました。
そんなまわりの協力に応える意味でも
結果を出したかっただけに、
目標を達成できなかったことは悔しくて、
申し訳なくて。。。
完璧な操法をしたとは思っていませんが、
大きなミスを連発したとも思っていません。
自分の操法の、どこがどう悪くて減点になったのか、
教えてもらえるなら是非知りたいです。
来年以降も私が出場するとは限りませんが、
その時の選手達に伝え、同じミスを防ぐことは出来ます。
現状のルールでは公表できないそうですが、
南砺市のレベルの底上げのためにも、
公表していただけたらと思います。
…2ヶ月間で私はこんなに
熱中してしまいましたが、
妻に言わせれば、
『何がすごいのかよく分からん』
そうです(笑)。
詳しくなりました。
と言っても、他の団員(先輩)が100なら、
ようやく10ほどの経験と知識を得たに過ぎません。
消防に入って半年あまりの私などその程度で、
いまだにホースを巻いたことさえないので
偉そうなことはいえないのですが…。
7月9日、消防団の操法大会が開催され、
私は平方面団の選手として
ポンプ車操法の部に出場しました。
2ヶ月前の私は操法のソの字も知らないどころか、
基本的な礼式も全く出来てなく、消防署員の方々に
『気をつけ』『右へならえ』『まわれ右』など、
小学校か中学校の体育の授業の様な内容から
教えてもらい、練習を重ねてきました。
操法というコトバ、消防関係者の方なら
もちろんご存知だと思いますが、
2ヶ月前の私がそうであったように、
ご存知でない方は多いと思います。
何十メートルか先の的(火点といいます)を
いかに早く倒すか(もちろん、放水して)、
そしてその操作をどれだけ正確に行うかを競うもので、
南砺市はレベルが高く、激戦区だということです。
とは言っても、今年が初出場の私にとっては、
南砺市のレベルがどうこうなんて関係なく、
とにかくホースをまっすぐ伸ばす、
ムダな動きを減らすといった基本的なことを
繰り返し練習してきました。
練習の甲斐もあり、標準タイムも
クリアできるようになり、
少しは存在感をアピールできるんじゃないかと
期待をして、そして気合いを入れて大会に臨みました。
結果は8チーム中4位。
残念ながら目標にしていた3位には届きませんでした。
タイムではトップに3秒差の3位だっただけに、
悔やまれます。でも、競技を終えた瞬間、
これまで2ヶ月近く練習してきて、
その成果はきちんと出し切れたと確信しました。
消防の練習は、一人では出来ません。
ホース一つ巻くのにも、皆の協力が必要です。
なかなかホースがまっすぐ伸びず、
ホースの展長は特に繰り返し練習しました。
失敗するたび、申し訳なくて。。。
でも、やめるわけにもいかなくて。。。
とにかく、繰返して体で覚えるしかないと言聞かせて、
ホースを伸ばしました。
そんなまわりの協力に応える意味でも
結果を出したかっただけに、
目標を達成できなかったことは悔しくて、
申し訳なくて。。。
完璧な操法をしたとは思っていませんが、
大きなミスを連発したとも思っていません。
自分の操法の、どこがどう悪くて減点になったのか、
教えてもらえるなら是非知りたいです。
来年以降も私が出場するとは限りませんが、
その時の選手達に伝え、同じミスを防ぐことは出来ます。
現状のルールでは公表できないそうですが、
南砺市のレベルの底上げのためにも、
公表していただけたらと思います。
…2ヶ月間で私はこんなに
熱中してしまいましたが、
妻に言わせれば、
『何がすごいのかよく分からん』
そうです(笑)。
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2006年6月27日
私の父の古くからの知り合いに、上村さんという
鹿児島県の養蜂家の方がいらっしゃいます。
養蜂といえば、テレビCMでよくやっている
『●田養蜂場』は知名度がありますが、
上村さんは蜂とともに季節にあわせて日本を縦断して、
ハチミツを採取するそうです。
こちらではこの時期、トチの花の蜜が取れるそうで、
そういえば小さい頃から
お店で買ったわけじゃないのに『トチ』と書いたシールの
貼ってあるハチミツの大きなビンが
いくつもあったのを思い出します。
平には5月15日に大型トレーラーいっぱいに
蜂の巣箱を積み込んで到着しました。

上村さんが到着すると、300以上もある巣箱を
トレーラーから下ろす作業を
10名ほどの地元の人たちで手伝います。
皆、昔から上村さんと親交が深く、
数十年来の付き合いのある人たちばかりです。
最近は地元の人も世代交代ということで、
私も含め息子たちが手伝い始めています。
平には1ヶ月あまり滞在し
(その間も鹿児島や北海道を行き来していたそうです)、
今日6月27日、北海道へと出発していきました。
朝、巣箱をトレーラーに積む作業を手伝ったのですが、
刺されないよう皮の手袋に長袖長ズボン、
頭にはネットをかぶってと完全防備のはずなのに、
どこからともなく入ってきてチクリと。
『お前ら、これからもっといい環境に
連れて行ってやるのに、何て恩知らずな!』
と心の中で叫んでも、蜂には届きません。
また、チクリ。
今日は全部で4ヶ所も刺されてしまいました。
ちょっと多めです。

作業自体はミニブルを使用するので
それほど大変ではないですが、
蜂に刺されるのはやっぱり嫌なものですね。
上村さんたちはネットもせず、
腕まくりまでして作業をしています。
うーん、やっぱりプロだ。妙に感心。
北海道では帯広や根室の辺りで
巣箱を下ろすそうですが、
蜂の体温で巣箱の中の温度が高くなるため、
少しでも風を当てるために車は走り続けます。
新潟からフェリーに乗ると止まっている時間が長くなり
蜂が死んでしまうため、青森まで走って、
フェリーに乗っている時間が短くなるように
しないといけないそうです。
生き物相手の仕事の大変なところです。
ところで、これはテレビの受け売りなのですが、
1匹のミツバチが一生かかって集めるハチミツは、
ティースプーン1杯ほどだそうです。
ミツバチの体の大きさからすれば多いような、
でもわずかスプーン1杯。
ほんの少しでも、ムダにするともったいない。
養蜂家の方の苦労に加え、
自分が蜂に刺されながら手伝っただけに(笑)、
なおさら貴重に感じます。
年に一度、上村さん一家が来て、仕事を手伝って、
一緒に酒を飲んで昔話に花を咲かせ、
北海道へと見送る。
毎年同じことの繰り返しですが、とても楽しく、
春祭りと同じ、大事な年中行事のようなものです。
また来年が待ち遠しく感じます。
鹿児島県の養蜂家の方がいらっしゃいます。
養蜂といえば、テレビCMでよくやっている
『●田養蜂場』は知名度がありますが、
上村さんは蜂とともに季節にあわせて日本を縦断して、
ハチミツを採取するそうです。
こちらではこの時期、トチの花の蜜が取れるそうで、
そういえば小さい頃から
お店で買ったわけじゃないのに『トチ』と書いたシールの
貼ってあるハチミツの大きなビンが
いくつもあったのを思い出します。
平には5月15日に大型トレーラーいっぱいに
蜂の巣箱を積み込んで到着しました。

上村さんが到着すると、300以上もある巣箱を
トレーラーから下ろす作業を
10名ほどの地元の人たちで手伝います。
皆、昔から上村さんと親交が深く、
数十年来の付き合いのある人たちばかりです。
最近は地元の人も世代交代ということで、
私も含め息子たちが手伝い始めています。
平には1ヶ月あまり滞在し
(その間も鹿児島や北海道を行き来していたそうです)、
今日6月27日、北海道へと出発していきました。
朝、巣箱をトレーラーに積む作業を手伝ったのですが、
刺されないよう皮の手袋に長袖長ズボン、
頭にはネットをかぶってと完全防備のはずなのに、
どこからともなく入ってきてチクリと。
『お前ら、これからもっといい環境に
連れて行ってやるのに、何て恩知らずな!』
と心の中で叫んでも、蜂には届きません。
また、チクリ。
今日は全部で4ヶ所も刺されてしまいました。
ちょっと多めです。

作業自体はミニブルを使用するので
それほど大変ではないですが、
蜂に刺されるのはやっぱり嫌なものですね。
上村さんたちはネットもせず、
腕まくりまでして作業をしています。
うーん、やっぱりプロだ。妙に感心。
北海道では帯広や根室の辺りで
巣箱を下ろすそうですが、
蜂の体温で巣箱の中の温度が高くなるため、
少しでも風を当てるために車は走り続けます。
新潟からフェリーに乗ると止まっている時間が長くなり
蜂が死んでしまうため、青森まで走って、
フェリーに乗っている時間が短くなるように
しないといけないそうです。
生き物相手の仕事の大変なところです。
ところで、これはテレビの受け売りなのですが、
1匹のミツバチが一生かかって集めるハチミツは、
ティースプーン1杯ほどだそうです。
ミツバチの体の大きさからすれば多いような、
でもわずかスプーン1杯。
ほんの少しでも、ムダにするともったいない。
養蜂家の方の苦労に加え、
自分が蜂に刺されながら手伝っただけに(笑)、
なおさら貴重に感じます。
年に一度、上村さん一家が来て、仕事を手伝って、
一緒に酒を飲んで昔話に花を咲かせ、
北海道へと見送る。
毎年同じことの繰り返しですが、とても楽しく、
春祭りと同じ、大事な年中行事のようなものです。
また来年が待ち遠しく感じます。
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2006年6月13日
『高田、ちょっと来い。』
ハードマネジメントで知られる上司からの呼び出しに、
一瞬緊張が走った。
(また、何かやらかしてしまったか?)
身に覚えはないが、妙にドキドキする。
『お前、この会社知ってるか?』
上司が指した出したのは、スポーツ新聞。
その広告欄に大きく広告を出していたのは、
兵庫県に本社をおく、あるゴルフメーカーでした。
当時私はゴルフに関連する数社を担当しており、
それで私に声がかかったのでした(ちょっと安心)。
とは言っても私はまったくゴルフ経験がなく、
メーカーも大手企業なら耳にしたことはありましたが、
兵庫県にそんなメーカーがあったなんて、
夢にも思いませんでした。
『俺もこんなメーカー聞いたことない。
でも、新聞にこうして広告を打つということは、
なんかあるぞ。お前、行ってみろ。』
ゴルフ好きで知られる上司は、
営業マンとしての経験も踏まえ、
私にそう薦めてくれました。
早速連絡をとってみると、社長は留守とのこと。
でも、社長と会わなければハナシになりません。
数回電話をするうちに、ようやく社長がつかまり、
アポイントをいただけることになりました。
商談時、まずはニーズの有無を探って、
そのあと提案と踏んでいたのですが、
どうやら先方は採用する気満々。
上司のヨミは見事に的中していたのです。
聞けば、親会社のカーボン加工技術を用いて
クラブ製造に乗り出したのが15年程前。
初めは知名度も全くなければ
クラブの完成度もそれほどでなかったので全く売れず、
それはひどい状況だったそうです。
その中でも少しでもいいものをつくろうと努力を続け、
着実にノウハウと技術を蓄えていきました。
そして、創業から7年ほどたったとき、
ある海外の取引先との出会いで、
大きく売上が伸び始めます。
ひたすら技術を蓄え、ものづくりに徹することで
いいモノを作り、決して安売りはしない。
大手の量産に対抗するため、
独自の戦略で戦ってきた結果、
業界内でも高く評価されるようになりました。
好調な海外取引の勢いを活かして、
国内にも販売網を展開したい。
上司が見た広告は、まさにそんな思いで
掲載されたものだったのです。
そして、そんな社長の思いが通じ、
数名の営業マンの採用に成功しました。
採用した方に会わせていただいた時、
『あんたがこいつらの人生を変えたんやで。』
と、ありがたくもズシリと思いお言葉を頂きました。
求人広告の仕事は、
より多くの求職者と求人企業を結びつける仕事です。
非常にやりがいがある仕事だと感じていましたが、
そのことは他人の人生をも左右することを意味します。
いい加減な気持ちでは出来ないと、
あらためて感じさせられました。
その後、数回取引をさせていただき、
その度に会社は活気づいていきました。
人で組織が大きく変わる様を間近で見ることが出来、
非常に貴重な経験をさせて頂きました。
ハードマネジメントで知られる上司からの呼び出しに、
一瞬緊張が走った。
(また、何かやらかしてしまったか?)
身に覚えはないが、妙にドキドキする。
『お前、この会社知ってるか?』
上司が指した出したのは、スポーツ新聞。
その広告欄に大きく広告を出していたのは、
兵庫県に本社をおく、あるゴルフメーカーでした。
当時私はゴルフに関連する数社を担当しており、
それで私に声がかかったのでした(ちょっと安心)。
とは言っても私はまったくゴルフ経験がなく、
メーカーも大手企業なら耳にしたことはありましたが、
兵庫県にそんなメーカーがあったなんて、
夢にも思いませんでした。
『俺もこんなメーカー聞いたことない。
でも、新聞にこうして広告を打つということは、
なんかあるぞ。お前、行ってみろ。』
ゴルフ好きで知られる上司は、
営業マンとしての経験も踏まえ、
私にそう薦めてくれました。
早速連絡をとってみると、社長は留守とのこと。
でも、社長と会わなければハナシになりません。
数回電話をするうちに、ようやく社長がつかまり、
アポイントをいただけることになりました。
商談時、まずはニーズの有無を探って、
そのあと提案と踏んでいたのですが、
どうやら先方は採用する気満々。
上司のヨミは見事に的中していたのです。
聞けば、親会社のカーボン加工技術を用いて
クラブ製造に乗り出したのが15年程前。
初めは知名度も全くなければ
クラブの完成度もそれほどでなかったので全く売れず、
それはひどい状況だったそうです。
その中でも少しでもいいものをつくろうと努力を続け、
着実にノウハウと技術を蓄えていきました。
そして、創業から7年ほどたったとき、
ある海外の取引先との出会いで、
大きく売上が伸び始めます。
ひたすら技術を蓄え、ものづくりに徹することで
いいモノを作り、決して安売りはしない。
大手の量産に対抗するため、
独自の戦略で戦ってきた結果、
業界内でも高く評価されるようになりました。
好調な海外取引の勢いを活かして、
国内にも販売網を展開したい。
上司が見た広告は、まさにそんな思いで
掲載されたものだったのです。
そして、そんな社長の思いが通じ、
数名の営業マンの採用に成功しました。
採用した方に会わせていただいた時、
『あんたがこいつらの人生を変えたんやで。』
と、ありがたくもズシリと思いお言葉を頂きました。
求人広告の仕事は、
より多くの求職者と求人企業を結びつける仕事です。
非常にやりがいがある仕事だと感じていましたが、
そのことは他人の人生をも左右することを意味します。
いい加減な気持ちでは出来ないと、
あらためて感じさせられました。
その後、数回取引をさせていただき、
その度に会社は活気づいていきました。
人で組織が大きく変わる様を間近で見ることが出来、
非常に貴重な経験をさせて頂きました。
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2006年5月30日
約2年前に実家に帰ってくるまで、
私は関西で求人広告の営業をしていました。
人材を採用したいと思っている企業を探し、
求人情報誌やインターネットのサイトに
求人広告を掲載してもらう仕事です。
この辺りでは、求職時は職安や知人を通じることが多く、
情報誌や求人サイトはあまり馴染みがないようですが、
関西や関東では、職安より新鮮な情報が
たくさん得られるということで、多くの人が
情報誌や求人サイトを通じて就職・転職をします。
私は企業と求職者をつなぐ仕事をしていたわけですが、
その中でとても貴重な体験を
させていただいたと思っています。
私の担当していた企業のほとんどは
従業員10名程度から数十名の中堅・中小企業で、
人材の採用に関しては経営者が大きく
かかわっている会社でした。
自ずと商談相手は経営者となり、
初めのうちは緊張と経験不足から、
トンチンカンな営業をしていたことを思い出します。
入社半年あまりがすぎた時、
あるシステム開発会社と出会いました。
競合サイトに掲載していたため、
早速電話でアプローチしましたが、
あまり感触がよくありません。
ならばと資料を持参して飛び込みを繰り返したものの、
なかなか社長と会えず、1年余りが過ぎました。
いい加減あきらめかけていたある日、
社長と電話がつながり、アポイントをいただけることに。
そして、トントン拍子に
受注をいただけることとなったのです!
あとで聞いてみれば、私の営業が優れていたからでも、
商品がよかったわけでもなく(笑)、
窓口となってくださった方が
『感じのいい人だから、一度会ってあげて。。。』
と言って下さったおかげでした。
うれしいような、悲しいような複雑な気持ちになりますが、
営業とはそんなものかもしれません。
とはいえ、それをきっかけにその後
いい関係を築き上げることができ、
いろいろな体験談を聞かせていただきました。
プログラマとしてこの業界に飛び込み、
営業として仕事の幅を広げていったこと。
縁あって独立して少しずつ仕事を増やしていき、
上場企業の生産管理システムや物流システムなどを
直接取引きできるまでになったこと。
社長はにこやかに話していましたが、
おそらく、身を削るような日々だったと思います。
私はシステムに関しては全くの素人ですが、
社長の話には多くの刺激を受けました。
業種・職種を超えて重要なことを
教えていただいたと思っています。
(つづく。。。次回は、6月13日の予定です。)
私は関西で求人広告の営業をしていました。
人材を採用したいと思っている企業を探し、
求人情報誌やインターネットのサイトに
求人広告を掲載してもらう仕事です。
この辺りでは、求職時は職安や知人を通じることが多く、
情報誌や求人サイトはあまり馴染みがないようですが、
関西や関東では、職安より新鮮な情報が
たくさん得られるということで、多くの人が
情報誌や求人サイトを通じて就職・転職をします。
私は企業と求職者をつなぐ仕事をしていたわけですが、
その中でとても貴重な体験を
させていただいたと思っています。
私の担当していた企業のほとんどは
従業員10名程度から数十名の中堅・中小企業で、
人材の採用に関しては経営者が大きく
かかわっている会社でした。
自ずと商談相手は経営者となり、
初めのうちは緊張と経験不足から、
トンチンカンな営業をしていたことを思い出します。
入社半年あまりがすぎた時、
あるシステム開発会社と出会いました。
競合サイトに掲載していたため、
早速電話でアプローチしましたが、
あまり感触がよくありません。
ならばと資料を持参して飛び込みを繰り返したものの、
なかなか社長と会えず、1年余りが過ぎました。
いい加減あきらめかけていたある日、
社長と電話がつながり、アポイントをいただけることに。
そして、トントン拍子に
受注をいただけることとなったのです!
あとで聞いてみれば、私の営業が優れていたからでも、
商品がよかったわけでもなく(笑)、
窓口となってくださった方が
『感じのいい人だから、一度会ってあげて。。。』
と言って下さったおかげでした。
うれしいような、悲しいような複雑な気持ちになりますが、
営業とはそんなものかもしれません。
とはいえ、それをきっかけにその後
いい関係を築き上げることができ、
いろいろな体験談を聞かせていただきました。
プログラマとしてこの業界に飛び込み、
営業として仕事の幅を広げていったこと。
縁あって独立して少しずつ仕事を増やしていき、
上場企業の生産管理システムや物流システムなどを
直接取引きできるまでになったこと。
社長はにこやかに話していましたが、
おそらく、身を削るような日々だったと思います。
私はシステムに関しては全くの素人ですが、
社長の話には多くの刺激を受けました。
業種・職種を超えて重要なことを
教えていただいたと思っています。
(つづく。。。次回は、6月13日の予定です。)
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2006年5月16日
日ごとに暖かくなり、時には汗ばむような
いい天気の日も増えてきました。
個人的には1年の中で一番好きな季節です。
先週末から、本格的に山菜採りを始めました。
今年は冬に積雪が多かったので
例年より山の成長も遅めのようです。
ところどころ木が根こそぎ倒れていて、
いかにこの冬の積雪が多かったかを物語っています。
山に入ろうとすると、1羽のセキレイが
私の足元から飛び立ちました。
よく見ると、そこには巣があり、
小指の先ほどの小さな卵が5つ。
朝からいいもん見せてもらいました。
早起きした甲斐があった!

この時期はクグミ・ゼンマイ・ウド・タラノメなどが
採れますが、面白いもので場所によって
全く育ち具合が違います。
山奥ほど雪も深いので成長が遅く、
雪解けとともに少しずつ奥へ奥へと分け入っていきます。

ニュースでも報じられていますが、
山に入ると気になるのが、
熊と出会わないかということです。
山菜は熊も好物らしく、山菜を採りに行くということは
熊に出合いに行くようなもの。
山に入る前には必ず車のクラクションを鳴らし、
笛をくわえ時々鳴らしながら分け入っていくのですが、
どうやら私は臆病者らしく、背後でガサガサと音がすると
過敏に反応してしまいます。
よく見ると自分が踏んづけた木が
草を鳴らしていただけだった、
ということがよくあります。
用心に越したことはありませんが、
本当に神経をすり減らします。
(だったらやめとけばいいって?)
耕さなくても、肥料や農薬を与えなくても、
毎年芽を出し成長する山菜を見ていると、
南砺の山の豊かさを感じます。
この豊かさを、孫の代までも残していきたいものです。
いい天気の日も増えてきました。
個人的には1年の中で一番好きな季節です。
先週末から、本格的に山菜採りを始めました。
今年は冬に積雪が多かったので
例年より山の成長も遅めのようです。
ところどころ木が根こそぎ倒れていて、
いかにこの冬の積雪が多かったかを物語っています。
山に入ろうとすると、1羽のセキレイが
私の足元から飛び立ちました。
よく見ると、そこには巣があり、
小指の先ほどの小さな卵が5つ。
朝からいいもん見せてもらいました。
早起きした甲斐があった!

この時期はクグミ・ゼンマイ・ウド・タラノメなどが
採れますが、面白いもので場所によって
全く育ち具合が違います。
山奥ほど雪も深いので成長が遅く、
雪解けとともに少しずつ奥へ奥へと分け入っていきます。
ニュースでも報じられていますが、
山に入ると気になるのが、
熊と出会わないかということです。
山菜は熊も好物らしく、山菜を採りに行くということは
熊に出合いに行くようなもの。
山に入る前には必ず車のクラクションを鳴らし、
笛をくわえ時々鳴らしながら分け入っていくのですが、
どうやら私は臆病者らしく、背後でガサガサと音がすると
過敏に反応してしまいます。
よく見ると自分が踏んづけた木が
草を鳴らしていただけだった、
ということがよくあります。
用心に越したことはありませんが、
本当に神経をすり減らします。
(だったらやめとけばいいって?)
耕さなくても、肥料や農薬を与えなくても、
毎年芽を出し成長する山菜を見ていると、
南砺の山の豊かさを感じます。
この豊かさを、孫の代までも残していきたいものです。
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2006年05月02日
この時期、五箇山は、春祭りシーズンです!
秋には麦屋まつり・こきりこ祭りなど
観光客が多く訪れる祭りが開催されますが、
この時期の祭りは、昔から地元に根付いてきたお祭り。
各地区それぞれ日にちが決まっていて、
4月中旬から5月上旬まで続きます。
私の住む下梨地区では、4月22日から24日の
3日間の日程で行われました。
初日(前祭り)に神様(御神体)をお宮さんから
神輿に移すのですが、その夜は輿堂番といって、
獅子舞の役者が神輿の入っているお堂を
泊り込みで番をします。
今年、私はその当番に当たり、22日の夜から23日の朝、
近所の人がお参りに来るまで輿堂で一晩過ごしました。
この時期、まだ朝晩は寒さが残るので、
輿堂の中にコタツを持ち込み、
暖をとりながらの輿堂番でした。
23日は獅子舞が先導役をして、
神輿が下梨区を巡幸します。
どこの地区もそうですが、
近年、獅子舞の役者が減っていて、
ぎりぎりの人数でやっています。
今年は日曜日だったにもかかわらず、
どういうわけか人手が少なくて大変でした。
毎年、祭り後数日間は全身筋肉痛に苦しめられます。
五箇山の祭りの特徴は、親戚や友人などを家に招き、
祭りを見ていってもらうという習慣だと思います。
おそらく、町部でも親戚などは招くとは思いますが、
数十人単位でお客を招くのは、
五箇山ならではだと思います。
一人で何件も呼ばれることも珍しくなく、
『あと○件まわらないと。』などといって、
どんどん人が出入りします。
酒の勢いであまり面識のない人の家に上がりこみ、
お酒をよばれる人も。
とにかく、祭りの夜はわいわいと騒がしく盛上がります。
24日(裏祭り)は神輿もなく、
本当に地元の人たちのお祭り、といった感じです。
あまり形式にこだわらず、
和気あいあいとした雰囲気ですすみます。
個人的には24日のまったりとした雰囲気が好きですね。
下梨の祭りが終わり、もう1週間が過ぎました。
今は他の地区の祭りを見てまわる日々ですが、
太鼓と笛の音を耳にすると、
1年後が待ち遠しいという気持ちが強くなります。
もし機会があれば、ぜひ、五箇山の春祭りにも
足を運んでみてください。
そこで生活している我々の、
生の姿を見ていただくことができると思いますよ。
秋には麦屋まつり・こきりこ祭りなど
観光客が多く訪れる祭りが開催されますが、
この時期の祭りは、昔から地元に根付いてきたお祭り。
各地区それぞれ日にちが決まっていて、
4月中旬から5月上旬まで続きます。
私の住む下梨地区では、4月22日から24日の
3日間の日程で行われました。
初日(前祭り)に神様(御神体)をお宮さんから
神輿に移すのですが、その夜は輿堂番といって、
獅子舞の役者が神輿の入っているお堂を
泊り込みで番をします。
今年、私はその当番に当たり、22日の夜から23日の朝、
近所の人がお参りに来るまで輿堂で一晩過ごしました。
この時期、まだ朝晩は寒さが残るので、
輿堂の中にコタツを持ち込み、
暖をとりながらの輿堂番でした。
23日は獅子舞が先導役をして、
神輿が下梨区を巡幸します。
どこの地区もそうですが、
近年、獅子舞の役者が減っていて、
ぎりぎりの人数でやっています。
今年は日曜日だったにもかかわらず、
どういうわけか人手が少なくて大変でした。
毎年、祭り後数日間は全身筋肉痛に苦しめられます。
五箇山の祭りの特徴は、親戚や友人などを家に招き、
祭りを見ていってもらうという習慣だと思います。
おそらく、町部でも親戚などは招くとは思いますが、
数十人単位でお客を招くのは、
五箇山ならではだと思います。
一人で何件も呼ばれることも珍しくなく、
『あと○件まわらないと。』などといって、
どんどん人が出入りします。
酒の勢いであまり面識のない人の家に上がりこみ、
お酒をよばれる人も。
とにかく、祭りの夜はわいわいと騒がしく盛上がります。
24日(裏祭り)は神輿もなく、
本当に地元の人たちのお祭り、といった感じです。
あまり形式にこだわらず、
和気あいあいとした雰囲気ですすみます。
個人的には24日のまったりとした雰囲気が好きですね。
下梨の祭りが終わり、もう1週間が過ぎました。
今は他の地区の祭りを見てまわる日々ですが、
太鼓と笛の音を耳にすると、
1年後が待ち遠しいという気持ちが強くなります。
もし機会があれば、ぜひ、五箇山の春祭りにも
足を運んでみてください。
そこで生活している我々の、
生の姿を見ていただくことができると思いますよ。
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コラムニスト一覧
- 沼口 和美
五箇山歳時記
- 川原 竜三郎
楽しく、美術館に、行こう!
- 野口 高志
いなかもん社長 東京で働く
- 北 正美
合掌屋根の下で。
- 吉田亜輝男
蕎麦(全麺協)の話
- 高田哲親
南砺の山の中で、一人つぶやく
- 岡部智美
若女将の気まぐれウォッチング
- 経田 博子
博子の笑顔が一番!
- 森 みちこ
MORI MORI COMICS
- 米田 聡
あらヨット!中年セイラーの冒険
- 柴田 崇徳
パロ日記
- 上田 総一郎
続・だるまセンセの喜怒哀楽
- 山辺 千賀子
シアワセ365
- 藤田節子
椿物語
- 小西 絹江
朝焼けのとなみ野にYOROKOBI
- 牧野きよ子
四季おりおりの日記・・つれづれなるままに
- 野村 玲子
レイのなんつうかつうかいコラム
- 中路 小百合
小百合の今昔物語
- 奥野 達夫
―忘れ得ぬ人―
- 嶋 光国
したたか酔えよ、クッキリ醒めよ


