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蕎麦(全麺協)の話

なんと-e.com公式ブログ「なんとコラム」


2007年03月03日


解禁日の3月1日、利賀川を覗いてみた。
愛知県ナンバーや、岐阜ナンバー、三重ナンバー
など、富山ナンバーの車に混じって県外からの
釣り人の車が、あちこちに止められていた。
最近は解禁日に利賀川を覗くこともしなく
なっていたが、今年は雪も少ないので様子を
見てみようと出かけてみたのだ。

出かけた、といっても、我が家は利賀川沿いに
あるので、2・3分で川に行く事が出来る。
年に何回か、漁業組合が放流もしているので、
天然の魚ばかりではない。今年はイワナだけで
なく、虹鱒も放流したとみえて、大きなニジマスが
どんどん掛かる。まるで釣堀のようだ。
あまり入れ食いなのもかえってつまらない。

イワナは小さめだ。これからだんだん大きく
なるのだろう。餌はみみず・ブドウ虫・いくら、
何でも釣れる。川虫が一番良いと言われている。
川虫は川原の石をはぐって、たもを使えば獲れる。
1時間ほど釣って、10匹になったので、やめた。

燻製を作ったことがなく、一度やってみたかった。
昔どこかで燻製を作る道具?道具といっても、
ダンボールの縦長の箱に金串と、桜のチップと
金の皿だけだが、買ったのを物置から探してきた。
簡単だと思っていたが、あまり良い出来ではなかった。やはりイワナは塩焼きかから揚げが美味い。



皆さんも、イワナ釣りにきてみてはいかが。
この写真の看板のある所で、釣り券を求めてから
やってください。一日券は820円です。
川の整備や来年の放流の費用となります。

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2007年02月03日


利賀国際キャンプ場周辺で開催される「そば祭り」
暖冬とはいえ、利賀村には積雪も十分なので、
今年も20あまりの雪像が今、さかんに作られて
いる。今年は昨年と違って、アクセスも良いので
かなりの人出が予想される。

利賀村伝統行事の「丑曳き」や子供民俗舞踊、
福光・城端・井波・福野の「よさこい」も楽しい。
今年も韓国から「伝統芸能団」も駆けつける。

夜の花火「雪夜を照らせ!光と花火の
フアンタジー」は夜7時からである。

11日(日)夜の「キャンドルファンタジー」も、
今年はどんな人が登場するか楽しみである。

主役である、利賀のそばを食べ比べて頂きたい
のは勿論であるが、今年の目玉はずばりこれだ。
『全麺協』の蕎麦打ち名人が全国から参加される。
 
「全麺協」正式には全国麺類文化地域間交流推進
協議会という。平成4年に利賀村で開催された
「世界そば博覧会」が契機となって組織された
団体で、全国に蕎麦打ちを通じて地域おこしや、
地域の活性化をするための団体である。

一般には、全国で、「素人そば打ち」の段位認定を
する団体として知られ、日本全国の蕎麦打ち愛好家
の注目の的である。利賀村でも過去3回、段位
認定会が行われた。

この全麺協の先生方・名人が12名ほど、
今回のそば祭りに参加され、その腕を披露されると
ともに、「武蔵野館」でそばも提供される。
蕎麦打ち体験も出来るし、利賀のそばだけでなく、
是非 全麺協の名人の打ったそばも食べてみたい。

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2007年01月20日
まず15メートル程の長い青竹を10本余り立てる。
長いはしごと、ユンボと言われる除雪機の
スコップの部分に人が乗って高くに上げ、
長い青竹をしっかり固定して組み立てる。

組み立てた竹の中にも外にも、わらや枯れ木を上から
下から、いっぱい巻きつけ、縄で何回も縛る。
このわらや枯れ枝の量ははんぱじゃあない。
トラックに2杯分ほどだ。そして、その表面に
正月のしめ飾りなどをつめるのだ。集落の男どもが
1時間以上かけて、この作業をし準備をする。

昼すぎから、この準備が始まるのだが、今年は、
14日の日曜日だったので、丁度「全国都道府県
対抗女子駅伝」の当日だった。富山県代表の3区に、
利賀中学2年の須河沙央理さんが走っており、
8人抜きの快走で、区間3位の大活躍をした
模様をテレビで応援したので、作業のスタートが
少し遅れた。
この「どんど焼き」の準備が終わると、「そば会」
の準備である。

利賀村では、小学生から大人まで皆で蕎麦を打つ。
蕎麦は勿論昨秋利賀村で採れた良質の蕎麦を前日、
石臼で挽いた美味いそばである。大体60人分程
打つ。あとは、ビールなど飲みながら、日の暮れる
のを待つ。カラオケのリハーサルをやってる子供も
居る。夕方5時過ぎにいよいよ「左義長」が始まる。

どんどん燃えるわら山に、書初めの習字で使った
半紙を青竹の先につけて燃やし、天高く舞い上が
るのを見て、皆で楽しむ。巨大なわら山もあっと
いう間に燃え尽きてしまう。この「どんど焼き」で
鬼や悪魔を払うといういわれがあるという。

火が燃え尽きてしまったら、みんなで打った蕎麦を
食べながら、宴会が始まる。カラオケやビンゴで、
子供も大人も、一緒に楽しいひと時を過ごす。


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2007年01月06日


スノーバレー利賀スキー場の魅力は何といっても
北陸で一番のパウダースノー。昨年と違って
今年は暖冬。富山市の八尾の井田川とかの土手に
間違えて「ふきのとう」が芽を出したとか、新聞
に載っていたくらいだ。でも、利賀村は雪が多い。

頂上で積雪は常に150センチ以上、下でも135センチは安定して積もっている。利賀村の気温は大体
下界とは5度ほど違って低いので、下界で雨でも、
利賀村は雪になる。それとお客さんにとって、
雪以外のスノーバレーの2番目の魅力は、
お客さんが少ないことだ。南砺市でもアクセスが
一番悪いせいもあって、いつも空いている。
富山県のお客さんより、石川県からのお客さんの
方が多いといえる。

今年から、託児施設には畳も敷いて、ゆったり出来、
昨年からある滑り台などのおもちゃのほかに、
漫画アニメの本なども並べた。家族連れや、若い
夫婦にとっても便利で、子供達も楽しめる。

今シーズンから、蕎麦どころ利賀村の手打ち蕎麦が
スキー場で食べられるようになった。週末だけだが
そばの郷の「雪の庄や」の主人が美味い手打ちの
そばを打って提供している。全国でも、スキー場で
手打ちの本物のそばが食べられる所は恐らく
あまり無いのではないだろうか。そば好きには
大きな魅力だ。それと、レストランのラーメンが
昨年より断然美味くなった。聞いて見たら、
名古屋からラーメン職人を雇ったそうだ。
こちらも、一度お試しあれ。



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2006年11月25日


今までは、村営(今は市営)住宅だったんで
2DKとそんなに広くもなかったんだけど、
今度のうちは、とにかく広いんだ。20人位、
泊まれそう
だよ。もっとも、利賀村の家といえば、
みんなこんな感じで広い。お葬式もみんな、自分の
うちでやるもんね。うちにジイジもここでお葬式
やるのかなあ。


引越しは急に決まったんだけど、ジイジは、
引越し蕎麦を打って配ったんだ。前の上畠地区
だけでも20世帯はあったし、今度の阿別当も
20世帯あったので、ジイジは毎日蕎麦ばかり
打ってたよ。暇だから出来るんだよね。

利賀村は蕎麦どころだし、村中の人達が蕎麦を
打つことが出来るけど、どうも、しょっちゅうは
打ってないみたいだ。みんな忙しいからね。
70代の人達も何か仕事をしてるし、よく働く。
暇なのはうちのジイジ位なんじゃないかな。


とにかくジイジは今度の家の2階に、蕎麦を打つ
広い部屋
が出来たのがすごくうれしいようだ。
自分の部屋も別に2部屋作って、大満足である。
その他に釣り道具だけをしまう部屋とか、
ガラクタを入れておく部屋もある。それでも
何も使わない部屋がまだ2階だけで2つもある。


1階は6部屋あって、こっちはバーバラが整理
してるけど、二人ともきれいになるには
まだ大分かかりそうだな。
今週の民宿「岡部」の本講様(28日)にも
ジイジは出かけるようだしね。ボクは横目で
見ながら、一日中眠ることにするよ。


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2006年11月11日


ボクは6才になるオスのシーズー犬です。
名前は「モンド」フランス語で「世界」とか「宇宙」
っていう意味らしいけど、正式な名前は
『主水之介』もんどのすけ、っていう純日本的な
名前です。
今日はボクの自己紹介をさせてもらいます。


利賀村に来てもう5年目になります。
ジイジとバーバラと3人で暮らしてます。
利賀村は最高です。なんてったって、散歩を
するにも、リード(ひも)無しで歩けるから
うれしい。東京時代は車も人も多かったし、
いつもリードをつけて歩いてたからね。

今日は利賀村にも雪が降りました。
でもボクは平気だよ、ボクは山形生まれなんだ。
雨が降っても、雪が降ってても、毎朝ジイジと
散歩するのがボク一番楽しい。ボクは6年間、家の
中では一度もウンチやおしっこしたこと無いよ。

そういうもんだ、と思ってるから。

寝る時はいつもジイジと枕を並べて寝るんだ。
ボクの枕はジイジの隣にいつもある。
でも、ボクは眠りが浅いので、朝までに何回も
あちこちに場所を変えて寝るくせがあるんだ。
朝ジイジが起きる頃には、またジイジの顔の横で
寝ることにしている。

昼間、ボクの仕事は、「見張り」だ。見張りと
いっても、居間の窓からなんだけどね。
向かいのうちに、トイプードル2匹と、
フレンチブルドック1匹が居るんだけど、
こいつらが時々喧嘩したりうるさく吠えたり
するんだ。その度に、ボクは
「うるさい、仲良くしろ」って吠えてやるんだ。
ボクが吠えると、今度はジイジがボクを
「うるさい」って吠える
んだけど、やめられない
んだ。だって、ボクの毎日の仕事なんだもん。

ボクはジイジの言葉は大体解るし、ジイジもボクの
言うことや考えてることは大体解ってくれてる。
ジイジが外出して、出先から電話をした時も、
ボクはすぐジイジの電話の声が解るんだ
「今から帰る」って電話で言えば、ボクは玄関の
前で、待ってるんだ。

利賀村にも最近、小型犬が増えてきた。うれしい。
シーズー犬は半年ほど前まで1匹居たんだけど、
残念なことに、死んじゃった。
今居るのは、向かいの家の犬のほかに、
ミニダックスでしょ、それからなんとかテリア、
あとは忘れちゃった。昔から居る犬は大きい犬が
多いみたいだ。散歩に行くと、大きい犬も
ワンワン吠える。ボクは内心怖いんだけど、
向こうはくさりでつながれてるから、安心して
吠え返してやるんだ。ボクは吠えた後は、なぜか
ウンチがしたくなって、必ずウンチをする
ジイジは喜ぶ。早く帰れるから。

また今度もボクの話を聞いてね。寒くなって
きたから、皆風邪を引かないようにね。
ボク、ボクは風邪なんか引かないよ。またね。




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2006年10月28日


「どーんと利賀の山祭り」は毎年、利賀の秋祭りとして紅葉のシーズンに開かれる。今年は紅葉には若干早かったが、ちょうど良い季節だ。山祭りのメイン行事は、何といっても「石かち行事」である。利賀に伝わる伝統的な合掌家屋の土台作りの行事である。


そもそも「石かち行事」というのは、合掌作りをはじめ住宅や社寺の建築の際に、基礎となる石を突き固めるために行った行事である。井桁に組んだ石かち櫓の中心に突き棒を立て、両側に4本の綱を配し、村中の者が集まってこれを引く。ステージでは、のどに自慢の人々が交代で「石かち音頭」を取る。

櫓のやぐらには数人の「根取りの衆」といわれる人々が乗り指揮を取る。綱を引く人々は「綱浦」とよばれ、声を合わせて一緒に歌う。一家の繁栄を祈願した悪魔払いの儀式ともいわれている。

「どーんと利賀の山祭り」が行われる頃はいつも、
丁度新そばの収穫の時期なので、手打ちの新そばが
人気を呼ぶ。今年は従来の2店舗の他に「利賀そば研究会」も出店して、好評であった。ここには、利賀の有段者の打ち手のほかに、助っ人として、富山そば研究会の方々も手伝いにきてくれた。


写真は魚津から駆けつけてくださった「新川学びの森そば打ち愛好会」の高岸信夫さんである。
祭りは「韓国平昌郡」の方々による伝統芸能やネパール研修生の伝統民謡舞踊、福光から来てくれた「石楠花舞妙」と井波の「八乙女龍神」によるよさこいなどでステージも盛り上がった。

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2006年10月14日
先月末、今年も恒例の「武蔵野市立第二小学校セカンドスクール」が利賀村で行われました。第二小学校は今年で12回目だそうです。小学校5年生の約70名、全日程を民宿で7名位ずつで寝泊りしました。

田んぼで稲刈りを体験したり、蕎麦の郷資料館でそばのことを学んで、蕎麦農園での蕎麦の刈り取り、利賀国際キャンプ場では「そば打ち」も体験しました。

そば打ちだけでなく、五平餅を焼いたり、豆腐の手作り、イワナのつかみ取り、と楽しいことばかりでした。


利賀村の魅力は、何といっても大自然。3日目には、利賀村の百瀬川側の「めんめん館」から「峠の一本杉」という遊歩道を歩き、林の中を一日かけて、利賀川の「そばの郷」まで大自然を満喫しました。
9班に分かれて『利賀飛翔の会』のメンバーや「南砺ナチュラリスト連絡協議会」の方々に、動植物の生態や大自然の生き様の話を聞いて、学ぶことも多かったことでしょう。


子供達は、利賀小学校の生徒との交流会で、麦や節を見せてもらったり、一緒に交流合唱をしたり、温泉に入ったり、木工体験でネックレスや鳥笛ペンダントを作ったり普段出来ない色んな体験をしました。


みんなが楽しみにしていた「相倉合掌集落」も見学し、最終日、そばの郷の閉校式では、8日間お世話になった民宿のお母さん達に、涙を流して分かれの挨拶をして帰っていきました。きっと良い思い出になったことでしょう。

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2006年9月30日



9月10日(日)利賀村のスターフォーレストで
「第3回素人そば打ち段位認定会とが大会」が
開かれました。県内から蕎麦打ち愛好家52人が
集まり、段位取得をめざしました。結果は2段が
15人、初段が25人合格しました。

この素人そば打ちの段位認定は「全麺協」が行って
いるものです。正式名称は「全国麺類文化地域間交流
推進協議会」という実に長い名前です。この全国的にも権威のある「全麺協」が利賀村から発祥したのだ
と聞いたら、驚く方も多いのではないでしょうか。


1992年(平成4年)村おこしの一環として、
利賀村で「世界そば博覧会」が世界で初めて開催
され、13万人以上の来場者が集ったそうです。
全国の蕎麦打ち名人20数名も集合し、蕎麦文化の
シンポジュームから蕎麦打ちの講習まで行い、
全国の蕎麦を一同に振舞ったそうです。
その翌年1993年に、全麺協が設立されたのです。

本来「全麺協」は素人の蕎麦打ち愛好家に段位を
授けるのが目的ではなく、蕎麦の愛好家が全国に
増え、蕎麦を通じて、人格形成を目指し、山村地域の活性化に寄与し、また蕎麦を通じてコミュニケーションを大いに図ることが目的なのです。


とはいえ、蕎麦打ちに凝ってくると、段位ももらいたいし上を目指したいのは誰しも同じことです。
全麺協が認定する段位は初段から5段まであって、現在初段取得者も全国に2000人以上居るそうですが、3段・4段ともなると、中には、プロより上手な打ち手も多いように私は思います。

但し、全麺協では、どんなに上手くなっても、プロに
なることは禁止しているのです。前に書いた趣旨・目的が技術的な指導や蕎麦屋さんの養成では決してなく、もっと上のところにあるからなのです。

現在は4段の方は全国に70人程おられるようですが、なんと今まで5段の認定会は一度も開催されてなく、従って5段の方は一人も存在しないのです。
来年、全国で初めて5段認定会が、この全麺協のメッカである利賀村で開催されるようです。

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2006年9月2日

8月31日(木)利賀村の蕎麦の郷から車で1時間余りかかる、水無湿原に行った。「利賀飛翔の会」のメンバー4人が、利賀行政センター職員2人と、富山森林管理署の所長以下6人を引率して出かけたのである。

「利賀飛翔の会」ではその9日前の8月22日にも、メンバー8名が(私は所用で参加出来なかったのだが)富山県自然保護協会や富山森林管理署の方々、南砺ナチュラリスト連絡協議会・五箇山自然文化研究会・富山県山野草の会・NPOグリーンアーツコミュニテイの方々等、総勢28名の参加で、水無湿原の現地調査を行っている。

この様子はいっさいマスコミに報道されてはいない。というのも、水無まで行く県道が山崩れの恐れがあるということで通行禁止になっており、我々も特別の許可を得て実施させてもらった経緯があり、新聞などで報道されると、一般の方々が通行禁止の県道に入る危険性があるので、公表するな、と行政から言われていたからである。



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2006年8月19日
利賀村に今夏も大勢の外国人が訪れている。
「利賀フエステイバル」を観劇するために、利賀村は
日本中から、いや世界からのお客さんで賑わっている。お盆の帰省客もいっぱいで、人口も多分いつもの
4倍位に膨れ上がっていたと思われる。

今年は鈴木忠志さんが「早稲田小劇場」の拠点を
利賀村に移し、入村して30周年という節目の年で、
彼の挨拶によれば、この間、総理大臣も16人変わり
長い年月が経ったとも言える。記念すべき30周年と
いうことで、鈴木忠志演出の「カチカチ山」も今年は花火版と銘打ち、例年以上の豪華な花火が上がった。


12日の野外劇場では、芝居の途中、雷鳴が轟き、
ざあざあ降りのかなり強い雨に見舞われて、一時は
どうなるかと心配したが、役者も平然と演じ、観客も
配布されたビニールの風呂敷を頭に被って誰一人帰る者はいなかった。幸い雨もあがって、見事な花火が
予定通り打ち上げられた。


「カチカチ山」と別の鈴木忠志演出による、本邦
初公開「廃車長屋の異人さん」は、ゴーリキー原作の
「どん底」を題材にした、美空ひばりの流行歌劇で、
特設ステージで公演されたが、2回目の19日のチケットは、早くに完売となっていた。

利賀フエステイバルだけでなく、「日露文化フォーラム」として、富山のオーバード・ホールで開催された
クラシック・バレーや、福野と富山での現代美術展、
両国の政治家、文化人、マスコミが交流を進める委員会が開催されたことは、新聞報道などで、皆さんも
ご承知のことでしょう。

「日露文化フオーラム」は、2年前に、鈴木忠志氏が、ロシアのプーチン大統領と懇談したことが
きっかけで始まったそうである。鈴木忠志さんは、
日本人で初めて、ロシアのモスクワ座での芝居の
演出をした方である。

そもそも鈴木忠志さんの「早稲田小劇場」が1976年に東京から利賀村に入村したのは、彼の舞台芸術のあり様に関する信念からであった。
都会の劇場では、演じる役者と観客が本当に肌を触れ合い感動し合うことが出来ない。単なる多目的ホールではなく、人間が住んでいた住宅、使ってきた歴史ある空間を求めて、利賀村の合掌家屋をその理想の場と
決めたということである。当時の村としても、合掌家屋をただ単にそのまま残すのではなく、鈴木氏の崇高なる舞台芸術の考え方に共鳴して、活用してもらうことにしたのだ。

1982年「利賀フエステイバル」第1回世界演劇祭が開催され、「国際舞台芸術研究所」(現「舞台芸術財団演劇人会議」)が設立された時の鈴木忠志氏の言葉は有名である。「世界は日本だけではない、日本は東京だけではない、この利賀村で世界に出会う」
その後利賀村ではギリシャのデルフイ市と姉妹都市
盟約を締結、今も中学生の就学旅行はギリシャである。これも鈴木さんのお陰である。

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2006年7月22日
私の趣味は釣りである。
そもそも私が利賀村に住むことにしたのは、
温泉があって、蕎麦も美味くて、イワナが豊富な
所に住みたいと思ったからである。でもイワナが
すぐ近くに居ると、だんだん釣らなくなるものだ。
贅沢な話だが、東京から友人が来た時とか、誰かに
頼まれた時しか、しなくなってしまった。去年は
入漁券は買ったものの、2・3回しか行かなかった。

今年は東京からイワナ釣りに友人が二人来て5日間
利賀村に滞在したのでお付き合いをした。丁度
週末でもあり、他県からの釣り人で混んでいた。
ご存知のように、渓流釣りは人が入ると、しばらく
その近辺は釣れない。早朝4時だというのに、もう
ポイントの場所は車が駐車して人が入っている。
一方友人達は寝坊して起きてこない。苦労した。


渓流釣りは下流から上流へ移動しながら釣るものだ。
客人は「雰囲気が楽しめればいい」と言って、釣堀か
のように、余り移動しないので、なかなか釣れない。
私としては、少しでも釣ってほしいので、渓流釣りの
イロハを教えるのだが、言う事を聞いてくれない。
景色を楽しんだりして、のんびりしたものだ。
ま、それでも半日やって何とか食べる分位は釣った。
それにしても、愛知県・岐阜県・関西方面から大勢の
釣り人が利賀村に熱心にやってくるものだ。

いつも八尾道(471号線)を通ると、神通川で鮎を
釣ってる人がいっぱい居る。今年は鮎釣りにも挑戦を
しようと思って、解禁日に行ってみた。見ると、なんと
鮎の小さいこと。雪が多かったせいか、今年は例年より
育ちが悪いそうだ。鮎は一日に1mmずつ大きくなると
聞いたことがある。10日で1cm、1ヶ月で3cmだ。
でも鮎は年魚といって、一年でその生涯を終える。
小さいせいか、友釣りの人よりも毛針釣りの方が多い。

今年は友釣りは諦めて、私も初めて毛針釣りをした。
小さいがよく釣れた。ただ友釣りと同じように、竿の
長さは9メートル以上なので、長い竿でわずか12・3
センチの小鮎を釣り上げるのはなんともこっけいだが、
皆さん、まじめな顔で小さな鮎を釣っている。誰も
リリースなんかしない。そりゃあそうだ、リリースを
してたら、全部リリースしなけりゃあならないから。
早く大きくなって、そんな心配しなくてもいい時が
来てほしい。小さくても、塩焼きの味は最高だった。

利賀村に来て4年が過ぎた。が、富山湾の海釣りは
満足にしていなかった。海岸や漁港から、小あじや
キス、河口で秋口にハゼくらいしかやってなかった。
ハゼといえば、富山の人は余り食べないらしいので、
驚いた。ハゼ釣ってて「何を釣ってるのか?」と
聞かれ、ハゼだと答えると馬鹿にされたのだ。
きっと富山の人は美味しい魚をいっぱい食べてる
ので、ハゼなんぞ食べないのだろう。東京では、
江戸前のハゼといえば、天ぷらの王様なんだが。


岸からの釣りだけでなく、富山湾で船釣りをしたい
と前々から思っていたんだが、仕立て舟ばかりで
残念ながら、乗り合い船が無い、と聞いた。
仲間が5・6人居ないと高くついてしまう。
今年になって、やっと知人が出来て、グループに
入れてもらった。まだ寒い2月だっただろうか。
その時期はそのグループの方々はイカ釣り専門で
あった。私はイカ釣りも初めてだった。

富山湾は少し行くと、すぐに水深が100メートル
以上になる。深い。皆さん、がんがん釣ってるのだが
私はどうもコツがつかめない。ご存知かと思うが、
イカ釣りは「イカづの」にイカが乗る、つまりイカが
抱きつくのを上げるんだが、解りにくい。コツを
聞くと「重くなったら、上げなさい」と言われた。
100m以上の深さで、しかも最初から100号という
かなり思い錘(おもり)なので、いつも重くて、
イカが乗ったかどうか、全く感じないのだ。
一日やって、それでも10杯釣れた。皆さんの
ベテランは60杯とか70杯釣っていたのである。
イカの種類はほとんど真イカ(スルメイカ)だった。

イカ釣りに4回ほど連れてってもらって、そろそろ
イカのシーズンも終りだという頃、新湊に仕立て船
でなく、乗り合い船もあることを教えてもらった。
「北龍丸」という船だった。きれいな船で新しく、
船頭さんも若くて、気に入った。魚はおおむね、
イカと違って、きちんと当たり(魚の引き)がある。
私のような素人でも楽に釣れるから楽しい。

写真は2回目に行った時のもので、1・8キロの
鬼カサゴをゲットした時の写真である。
刺身も勿論美味で、頭や骨の周りは荒煮にしたり、
お吸い物のダシにしたら、最高だった。
この写真を皆さんに見てもらいたくて、百姓の
私も、やっと文字だけでなく写真も載せられる
ようになった。 魚釣りは楽しい。

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2006年7月8日




利賀村の瞑想の郷では、ネパール人によるネパール民俗舞踊が今年も始まった。瞑想の郷の野外ステージで毎週末に3回踊る。中でも大学生のアンジュ・タカリさんは美人で評判がよく、性格もいい。
ダンスだけではなく、彼女の作るネパールの餃子のような「モモ」も美味しい。瞑想の郷内のレストラン、パハール・アマで食べることができる。

ネパールからの研修生は今年は6人、女性と男性3人ずつだ。住まいは上畠にある「ネパールハウス」だが、それぞれ違った職場で働いている。(株)野原組(株)米澤工業で道路建設の仕事にスリャさんとソンさん、蕎麦の郷のごっつお館に女性のスミタ・シェルパさん、20才の女の子マンジーラ・ゴウチャンさんは森林組合のそうめん工場で働いている。前述のアンジュと26才のサンジーブ君は瞑想の郷だ。そして、週末にはみんな瞑想の郷に集まる。

ネパール研修生の制度が始まって16年になるから、これまでに70人位の研修生が来ている。スターフォーレスト近くの石碑に彼らの名前が彫られている。彼らの渡航費や給料は皆民間で面倒をみている。

そもそもネパールの研修生が利賀村に来るようになったのは、ネパールのツクチェ村との友好姉妹都市関係が始まったからである。ツクチェ村は首都カトマンズからセスナ機を乗り継いでジョムソンに行き、そこから4時間ほど歩いて到着する人口350人の村である。

瞑想の郷の天地左右4メートルの巨大曼荼羅と仏画もツクチェ村在住の高僧サシ・ドージ・トラチャンが利賀村に2年ずつ2回に亘って滞在して描いたものだ。瞑想の郷の曼荼羅に関しては、長くなるので日を改めて記したいが、これもツクチェ村との交流の賜物である。

ツクチェ村となぜ交流が始まったか。それは蕎麦が取り持つ縁なのである。平成4年に「世界そば博覧会」を実施した利賀村では、蕎麦のルーツを尋ねて村民が、信州大学のそば博士、氏原教授に連れられて、ツクチェ村を訪れたという。その後、利賀村からも大勢の人々がツクチェを訪れ、恐らく延べ400人以上の村民が行ったのではないだろうか。
とにかくこんなに長く、しかも深い交流を続けてきた姉妹都市関係は全国でも、珍しいと思う。

ツクチェ村は世界中のトレッキング愛好家が歩くルートにもなっており、ツクチェ村へ行って利賀村を知った、といって利賀村を訪れる方も少なくない。とにかく利賀村とネパールとはそういう仲なのだ。

7月15日(日)PM6:30から、瞑想の郷で、ネパール体感イベントが行われる。『瞑想 de Nepal』がそれで、豪華なデイナーと、ネパール人たちとの交流、歌や踊りの楽しいイベントだ。皆さんも是非いらしてください。

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2006年06月23日
利賀村では、今、筍採りまっさかりである。
筍といっても、孟宗竹の大きな筍ではなく、ごく小さな
「すすだけ」という奴だ。正式には「根曲がり竹」と
いうらしい。そういえば、長野では皆、「根曲がり竹」
といっていた。利賀村の奥深い山林に密集しているが、
スノーバレー利賀スキー場から車で約30分余り、
東俣・西俣という辺りが一番多いようだ。
東俣は金剛堂山への入り口もある。車で行けるといっ
ても、奥の方は、相当険しい。昭和57年頃から道が
徐々に整備され、特産林道と呼ばれているそうだ。

 採集方法は簡単なんだが、笹が密集した竹やぶに
入って採るのは重労働である。背の高さもある笹を
掻き分けて移動するのだが、慣れていない私なんぞ、
すすだけが目に入っても、すぐそこに行けない。
こればかりは、一度経験した者でないと大変さは
解らないと思う。とにかくきつい。

 熊よけに鈴とか笛を持参する。不思議なことに、
少し奥へ入って、一緒に入山した人間と離れ、姿が
見えなくなると、声を出しても聞こえない。
方向音痴の私は昔長野で、大げさなようだが、遭難
しかかったことがある。大概、空の太陽の位置とか、
迷子にならないように見極めて入るのだが、その時は
小雨が降っていて自分がどこに居るのか解らず、
あっちこっち行ったり来たりしながら、1時間以上も
道に出ることが出来なかったことがある。

 長野では、仲間と一緒に採りに行って時間を決めて
戻り、持参した鍋で「根曲がり竹」の皮をむいて、
味噌仕立てで煮て、その場でビールなんぞ飲んだもの。
ダシはなぜか「さばの水煮の缶詰」が合うのだ。
利賀村の人達はその場で酒盛りなどしない。道路が狭い
せいもあるかもしれないが、せっせと家に持ち帰る。

私は、「すすたけ」を焼いて食べるのが一番好きだ。
切れ目を入れて魚を焼くようにし、皮を剥いて食べる。
美味い。利賀ではすぐ食べず、ハレの日のために、
保存する。貴重品なのだ。正月、祭りなどのもてなし
料理として、主に「山菜の煮しめ」にするようだ。

保存法は「カンズメ」だ。採ったその日の内に大鍋で
ゆでて、皮を剥き、カンズメに収まる長さ(10,5
センチとか)に切って揃える。森林組合とか加工施設に
その日の内に持って行ってカンズメにしてもらう。

「山菜の煮しめ」は利賀村で古くから伝わる郷土料理で
味付けはやや薄めだが美味しい。ウド・ぜんまい・
五箇山豆腐・椎茸・いら・よしな・木の下・人参・
まいたけ等があるが、「すすたけ」は煮しめの王様だ。

とにかく「たけのこ採り」は大変だが、やみつきになる
らしい。乱獲防止のためと、道路整備のために、
入山料は5千円取られるが、一度いらしてはいかが

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2006年06月09日
先月23日、今年も恒例の宝仙学園の女子大生が大勢(80人ほど)利賀村にやってきました。少年自然の家でまず入村式。村の婦人会と青年団が「こっきりこ」や「むぎや節」の民謡を踊って歓迎しました。いつも祭りで踊ってる時には感じませんでしたが、さすが観客が若い女性ばかりなので、いつもより踊り子が老けて見えちゃうのは否めないか。

阿別当の利賀川のもっと上流に宝仙学園の立派な宿舎兼校舎のような建物があります。彼らは利賀村移動授業の「アトリエ」と称しています。前はここに宿泊もしていたそうですが、今は8人くらいづつ民宿に分かれて泊まります。民宿のおばちゃん達やおじさんたちは、毎年彼らが来るのを楽しみにして待っているのです。大自然とともに暮らし、畑仕事や山村の生活を民宿の人々と一緒になって楽しむのです。

アトリエでは、グループに分かれて「隠れ家」と称する小さな小屋を毎日作っていました。めいめいオリジナルな個性豊かな小屋なのです。27日には、このアトリエに村民や保育所のちびちゃん達が招待されて、「宝仙祭」が開かれました。村民はバーベキューをしたち餅をいっぱいついてあんころ餅や黄な粉餅を作ってみんなで食べました。保育所のちびちゃんも「古大臣」などの民謡を披露したりして頑張りました。学生さんたちも子供達もわいわい騒いで、楽しく遊んでいました。

この宝仙学園の「利賀村移動授業」は今年で33回目を数えるというから驚きです。最初に来た女子大生は50才を超えていることになります。去年、文部科学省から、「利賀村移動授業」は『特色ある大学教育支援プログラム』に選定されたのです。きっと彼女達にとっても、村人にとっても、思い出になる良い経験になることでしょう。勿論、普段あまり目にしない若いピチピチギャルが村に居るだけで、我々もうれしい8日間なのです。

確か平成元年というから15回目の頃、宝仙学園の一年生だった、高田ひろ子さんも、東京からやってきた一人でした。彼女はいったん東京に帰った後、夏休みに又、友人とともに利賀村を訪れ、村内の旅館でアルバイトをしたそうです。美人で都会のセンスのある彼女を、村の若者はほっとかないで、みんな夢中になり、誰が彼女を射止めるか、大変な争奪戦だったのは言うまでもありません。なんと、短大を卒業してすぐ、彼女は一人の利賀の青年と結婚したのです。今、そばの郷のお蕎麦屋さん「雪の庄屋」の若女将がその人なのです。

今年も、8日間の移動授業を終え、30日には利賀行政センターで「離村式」をして東京に帰っていきました。離村式では全員が民宿のおばちゃん、おじさんとの別れがつらくて、泣いていました。

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2006年05月10日
今年最初に「くま鍋」を食べたのは先月「そばの郷」の「雪の庄屋」でだった。そばの郷では、毎月3軒の蕎麦屋さんが「そばの会」の営業者会議という会合を開く。私もオブザーバーとして、参加させてもらっている。4月26日、その会合の後、「くま鍋」が出たのだ。蕎麦屋の一つ「うまいもん館」当主の米倉清重さんが、前日熊を仕留めたという。

利賀村には13人の鉄砲撃ちが居る。清重さんもその一人だ。彼が前日、熊を仕留めた後、滝の流れる渓流にバチャーンと落ちたそうだ。背中にすごく思いリュックを背負っているから、なかなか川から上がれずに、四苦八苦したという。私は熊撃ちに参加したことがないので知る由もないが、かなり雪深き山奥へ、カンジキ履いて行くらしい。今年は4月末だというのに、例年より更に残雪は多く大変だったことだろう。
「くま鍋」をつつきながら鉄砲撃ちの話を利くのも楽しいものだ。
「くま鍋や 鉄砲撃ちの武勇伝」

「くま鍋」は熊肉のほかに、にんじん・ごぼう・じゃがいも・豆腐・こんにゃく・ねぎなどが入っている。利賀村でも村民は滅多に食べない。高価なせいもあるかもしれない。余程の大事な御客さんが来たとか、めでたい祭りなど、ハレの日にしかお目にかかれない。このゴールデンウイーク中のお祭りとて、どこでも食べるというわけではないのだ。考えてみれば、村の人々は普段決して贅沢な食事はしていない。イワナだって祭りの時くらいしか食べてないのではなかろうか、と思う。イワナ釣りにも行かないからかもしれない。

私が2回目にくま鍋にありついたのは池田さんの家だった。池田さんは利賀村に6年前出来た「関根薫園書道美術館」の関根先生の娘さんの亭主だ。美術館が出来る2年も前から利賀村に通いつめたというから、私より先輩で、利賀村が気に入って、旧家を改修し別荘のように、年に何回もいらっしゃる。丁度私の賃貸住宅のすぐ上だし、いつも懇意にしてもらっている。呑むと書道家とは思えないほど愉快なご夫婦で、時にはカラオケも始まる。一年前に蕎麦打ちを私が偉そうにもお教えしたら、今年はすごく上手くなってたので驚いた。今回同行したお弟子さんの一人大学生で、渓流釣りがしたくて来た、とのことで、2日ほど、私は二日酔いで眠かったがお付き合いをさせらた。池田さんの家の囲炉裏に吊った「くま鍋」も美味かった。聞けば民宿「おかもと」に頼んで持ってきてもらったとのこと、道理で。民宿「おかもと」のくま鍋は村でも定評がある。

3回目の「くま鍋」は村の春祭りで、阿別当の獅子宿の谷戸さんの家でだった。谷戸さんといえば、当主の谷戸守さんは木彫家、まだ40代だというのに、日展でも10回以上の入選者しかなれない「日展会友」である。今月19日から6月25日まで、天竺温泉にある「山のてっぺん美術館」で個展が始まる。東京銀座でも毎年やってるのに、利賀村での個展は初めてのことだという。楽しみである。

「くま鍋」は実は肉の冷凍が利くらしく、利賀村ではいつでも食べられるのだ。民宿でも天竺温泉でも宿泊すれば、予約は要るが、美味い「くま鍋」が食べられる。私も東京からの大事な友人が来た時にちょくちょく食べてもらってるが、皆さん「美味い、美味しい」と絶賛だ。

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2006年04月25日
 パリのモンパルナス駅から特急電車で2時間余り行った所、フランスの北西部の港町ナント市(NANTES)があります。98年、フランスのサッカーワールドカップの時に、ナント市でも試合がありましたのでご記憶の方もいらっしゃると思います。このナント市で1995年に誕生したクラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」(日本語では「熱狂の日」という意味だそうです)がその後、ヨーロッパの数ある音楽祭の中で最もエキサイテイングな展開をし、11年間でナント以外でも世界中で開催されているのです。ナント市のルネ・マルタンという音楽家でもあり経営者でもあるプロデユーサーがクラシックコンサートの常識を打ち破って大成功したのです。1公演の演奏時間を45分程度にして、料金も映画館並みの1500円前後で、世界最高水準の演奏が楽しめるのです。実は昨年も東京国際フォーラム(旧都庁跡地)で開催され、朝9時頃から最終電車の出る時間まで8つの会場で4日間、のべ209公演、参加アーテイストは国内外あわせて1558人、チケット販売枚数11万7千枚、来場者のべ32万人だったのです。そして今年も5月3日〜6日までの4日間、同じ東京国際フォーラムで開催されるのです。昨年はベートーベンがテーマでしたが今年はモーツアルト生誕250周年を記念して「モツアルトと仲間たち」がテーマで、すでに完売チケットも続々となっているとのこと。この期間に東京へ行く予定の方は是非とも顔を出されてはいかがですか。フランスのナント市が誇る「ラ・フォル・ジュルネ」で熱狂の日を満喫されては。

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主水之介
4年前東京から利賀村に移住した変人。百姓と漁民と小説書きを目指すも、実際はほとんど何もしていない。ただ酒を食らっては人様に説教して嫌がられている。東京時代は広告代理店勤務。長野5年、山形3年居住経歴あり。
趣味:釣り・蕎麦・俳句

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